「お茶会を楽しみました!」
「ほわぁ……甘くて温かくて、とっても美味しいですわー……」
雪の家の中。湯気の立つココアを飲みながら、レーナがうっとりとそう零す。その隣では、シフが特別に用意された苦めのチョコレートにマーマレードジャムを塗りたくって囓っている。
「むほー! やっぱりチョコとママの相性は抜群なのだ! ほら、お前達も食うのだ!」
「はむはむ……本当に美味しいですね。シフ、お手柄です!」
「当然なのだ! 我は最強だからな!」
アプリコットに褒められ、シフが尻尾をブンブンと振る。そんな三人の喜びように、料理を饗したアンもご満悦だ。
「ふふふ、そこまで喜んでもらえると、用意した甲斐があったというものじゃのぅ。ほれ、普通の料理もあるから、そっちもしっかり食べるのじゃ」
「勿論です! このサンドイッチも具だくさんで凄く美味しいですよね」
「ふえっ!? こっちのには果物が挟まってますわ!? 冬なのにどうやって……?」
「ああ、それか? 食品を保存できる魔導具があっての。無論限りはあるが、今日は特別に使わせてもらったのじゃ!」
「ほほぅ! 冬に美味しい果物が食べられるとは、アンもなかなかやるな!」
「まあのう!」
自分達で作った雪の家にギュウギュウに詰まり、友達と一緒に美味しいものを食べて楽しいおしゃべりをする。そんな幸せそうな子供達を見て、外にいたシェリーもまた目を細めて笑う。
「ははは、若いってのはいいもんだねぇ。まだ二回会っただけだってのに、もうあんなに仲良くなるとは」
今の自分には、もうできない。立場があり責任を背負い、しがらみを知って裏側を見た。純粋な子供達の在り方は、シェリーにはあまりにも眩しすぎる。
「シェリー様、こちらをどうぞ」
「アタシにもかい? ならまあ貰っとくけど……んん?」
自分と同じように雪の家の外で待機していたメアリーから湯気の立つカップを渡され、シェリーが軽く口をつけた。だがそこに感じた味わいは、予想していたものから少々外れている。
「酒精が入ってるね? こいつはいい。冷えた体に染み渡るようだ……アンタ達は飲まないのかい?」
「私達は仕事中ですので」
「そうかい? 自分で言うのも何だけど、アタシがいりゃ空から星が降ってきたって、姫様にはかすり傷一つ負わせないよ?」
言って、シェリーはチラリと二人の使用人の顔を見る。すると背の小さい方……ミミが小さく体を震わせるが、ココアを渡してくれた大きい方……メアリーが苦笑する。
「先程のことでそれは十分に理解致しましたが、私はひ……お嬢様の身の回りの世話や雑事全般などの小事全てを任されておりますので。それをシェリー様に代わっていただくのは、些か問題があるかと……」
「あー、そりゃそうだね。子供の世話なんざ、アタシにゃ向いてない。下手に触るとみんな壊しちまうからねぇ」
「そう、なのですか? 僭越ながら、アプリコットさんはとてもいい子に育っていると思いますが」
少しだけ寂しげな顔で言うシェリーに、メアリーが問いかける。だがそれに対してシェリーは、カップの中身を一気に飲み干してから皮肉げな笑みを浮かべた。
「あの子は別に、アタシが育てたわけじゃないさ。ただやり方を、生き方を教えただけで、あとは勝手にあの子が育ったんだ。
ただまあ、情が無いわけじゃあない。だから一つだけ言っておくよ」
シェリーはカップをメアリーに返すと、足下の雪を両手で掴んでギュッギュッと雪玉を作り始めた。雪の家から視線を動かすことなく、その言葉を続けていく。
「普通に友達として仲良くしてくれるなら、何も言わないさ。あれで見た目よりしっかりしてるからね。自分の意思でアンタ達に協力したいって言うなら止めないし、少しくらいならアタシの力を貸してやってもいい。
でも、もしあの子の善意に漬け込んでなし崩し的に厄介ごとに巻き込もうとか、利用しようと考えてるなら…………」
グッと両手に力を込めたシェリーが手を開く。するとそこには豆粒ほどにまで圧縮された氷の玉があった。指で摘まんで光に空かせば、まるで人の魂のように輝いて見える。
「潰す。後悔すらさせない。一切合切何もかも、全部まとめて粉々だ」
それを、シェリーは指の力で押しつぶした。儚く砕けた氷は一瞬にして空に溶けゆき、後には何も残らない。何気ない口調、何気ない声。何なら睨まれてすらいない、単なる横顔の呟きに……しかしメアリーは自分が死んだのではないかと錯覚するほどの寒気を覚えた。
思わず足がふらつき、倒れそうになった体を同僚のミミが支えてくれる。だがそのミミの手すら震えていることに気づき、メアリーは強く奥歯を噛み締めて、シェリーの横顔に応えた。
「……ご、忠告、感謝致します。間違いなく主に伝えさせていただきます」
「ああ、そうしな。さあ、野暮な話はこれっきりだ。あとは気楽に楽しむとするかね……おーい、アプリコット! アタシも家のなかに入れとくれよ!」
「お、師匠も来ますか? 流石に師匠が入ったら身動きとれなくなると思いますけど」
「そこは気合いだよ! 筋肉がありゃ大抵のことは何とかなるもんさ!」
「え、筋肉があると体を小さくしたりできるんですの!? ひょっとしてアプリコットさんも……?」
「いや、普通筋肉があったら大きくなるではないか? どうやっても小さくはならんじゃろ」
「そこが腕の見せ所さ! こうして全身の筋肉をキュッと引き締めれば……っ!」
「おお、ほんのり小さくなってます!?」
「……そうか? 我の目には変わらないように見えるのだが?」
「縮んでますよ! 1センチくらいですけど」
「えっと……凄いですわ?」
「ということで、邪魔するよ!」
「ぬわー! 狭いのじゃ!? ギュウギュウのギューなのじゃ!?」
子供のように笑う大人が一人加わったことで、雪の家の中は更に賑やかさを増す。それを見れば先程の出来事など嘘だったかのようにしか思えないが……あれが事実であることは、メアリー達の魂に深く刻み込まれてしまっている。
「ふぅぅ……ごめんなさいミミ、もう大丈夫です」
「無理しなくていい。正直メアリーが気絶してないことの方が驚き」
「あんな醜態を晒してしまっては、心外とは言えませんね……ちなみにですけど、ミミは――」
メアリーがそれを言い終わる前に、ミミが険しい顔をして首を横に振る。
「あれは無理。強い弱いを測るような相手じゃない。誰が一番大きな焚き火を作れるかって勝負に、一人だけ太陽を持ってきたようなもの」
「ああ……」
その例えに、メアリーは妙に納得してしまった。なるほど町一つ国一つ、世界全てを燃やしたところで、太陽に勝てるはずがない。
「姫様には、しっかりとご忠告しなければいけませんね」
「あれを見ている限りでは、大丈夫だと思うけど」
真剣な表情で言うメアリーに、しかしミミは平然とそう告げ、視線を雪の家の方へと向ける。するとそこでは己の主が、アプリコット達と楽しそうにはしゃいでいる姿がある。
「あの、師匠? 膝の上に乗せるのは、流石にやめてもらえないですかね?」
「狭いんだから仕方ないだろう? ちょっとくらい我慢しな!」
「そうじゃぞアプリコット。我が儘を言ってはいかん。おーよしよし!」
「あーっ!? またアンちゃんが私を子供扱いしてます!? なら師匠、私の代わりにアンちゃんを膝に乗せてあげてください! ほら、早く!」
「アンを? まあいいけど……ほれ」
「ほあっ!? 突然何を……おぉぉ? 適度なスッポリ感と意外な柔らかさ……何じゃろう、ちょっと落ち着く自分がいるのじゃが」
「ですよね! 師匠のお膝は、予想外に座り心地がいいですよね!」
「アプリコット、アンタさっきまで嫌がってただろう?」
「恥ずかしいことと座り心地は別の話ですよ!」
「何だ、いい具合なのか? なら我も座ってみたいのだ!」
「えっ、あっ、私だけ仲間はずれというのはちょっと寂しいので……恥ずかしいですけど、私も……」
「アンタ達アタシの事を玩具か何かだと思ってないかい!? 仕方ないねぇ、順番だよ?」
「「「わーい!」」」
「ったく、こんな大きな子を膝に乗せまくる日が来るとは……本当に人生ってのはわかんないねぇ、ふふ」
「主があんなに無邪気に笑ってるのは、初めて見た。あれは多分、計算や演技じゃないと思う」
「……そうですね」
王族としての矜持を忘れ、一時年相応の少女として振る舞う主の姿に、メアリーの凍えていた心はいつの間にか温もりを取り戻していた。





