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見習い聖女の鉄拳信仰 ~癒やしの奇蹟は使えないけど、死神くらいは殴れます~  作者: 日之浦 拓
第八章 王都での日々

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「雪遊びを始めました!」

 王都の雪は、そこに住まう人々の予想通りに降り積もった。白に染まる町並みのあちこちでは更に雪が深くなる前にと人々が忙しなく冬支度を進め、アプリコット達もその一部となって連日奉仕活動に精を出している。


 そんなアプリコット達に、ある日シェリー経由で一通の手紙が届いた。その内容に目を通し、ワクワクしながら待つこと数日……アプリコット達の前には、誰も触れていない真っ白な雪が敷き詰められた、割と広めの空き地が広がっていた。


「おおー、凄いです! こんなに広いのに、足跡一つありませんよ!?」


「そうじゃろうそうじゃろう! ここは妾が選び、確保しておいたお勧めの雪遊びスポットじゃからのう!」


 感嘆の声をあげるアプリコットの隣では、アンが両腕を組んで偉そうに背を逸らしている。その側には当然ながらメアリーと、他にもう一人同じ格好をした使用人の女性も連れている。


 なお、メアリーともう一人……ミミはいつもの使用人服だが、アンは光沢のあるもこもこした白いコートと帽子を被っており、防寒対策はバッチリだ。対してアプリコット達はいつものローブはそのままだが、手には毛糸の手袋を嵌めており、下着も毛糸のもこもこパンツになっているので寒さは感じていない。


「確保? え、まさかこのために空き地を用意したんですの!?」


「いや、流石にそれは無い。元々この辺は再開発が進んでおってな。ここも何軒か家を建てる予定なんじゃが、工事が始まるのは春からじゃからな。なので冬の間は空き地というわけじゃ」


「ああ、そういうことですか! それならわかりますわ」


 アンの説明に、レーナが納得して頷く。ちなみに特に監視されているわけでもない空き地に誰も立ち入らないのは、ここが国の管理する土地であると知られているからだ。


 実際には子供や酔っ払いがちょっと迷い込んだところでどうということはないのだが、罰せられるかも知れないのに身を以てそれを確かめたいと思うような勇者……あるいは愚か者は、幸か不幸かこの近辺には住んでいなかった。


「ということで、ここなら好きに遊んで大丈夫じゃ!」


「わーい! なら最初は、やっぱりこれですね……えいっ!」


 アンの許可を得て、まずアプリコットが仰向けに白い絨毯に飛び込んでいく。するとボフッという音を立てて人型に雪が沈み込み、そこから更にシャカシャカと手足を動かして跡を残すと、それを崩さないように腹筋の力を使ってひょいと立ち上がった。


「ふぅ、やり遂げました!」


「アプリコットさん、今のは一体……?」


「見てください、これが誰も踏み入っていない新雪でのみ許される至高の芸術、その名も『雪の妖精』です!」


「「「おおー!」」」


 ドヤ顔で語るアプリコットに、レーナとシフ、それにアンが声をあげながら作品に目を落とす。妖精が実在するのか、したらどんな姿をしているのかは誰も知らないところだが、だからこそ想像は自由なのだ。


「なるほど、シャカシャカ動かした腕と足の跡が、何となくこう……妖精の羽っぽく見えるというわけじゃな?」


「そういうことです! あ、ちなみに横向きに飛び込んで個性を出そうとすると肩を打って痛い目に遭うので、あくまでも仰向けでやってください」


「なら、次は我がやるのだ! ていっ!」


 そう言うが早いか、シフが仰向けに雪に飛び込み、手足をシャカシャカと動かす。そうして立ち上がると、そこにはアプリコットとはひと味違う痕跡が刻まれていた。


「シフさんのは、手足に加えて真ん中もへこんでシャカッとしておりますわ」


「尻尾の分ですね。こういう方向性で個性を出してくるとは……うむむ、侮れませんね」


「ワッハッハ! 何が楽しいのかは自分でもよくわからないが、とにかく楽しいのだ!」


「お二人が行ったなら、次は私が……えーいっ!」


 三人目はレーナ。控えめな感じで仰向けに倒れ込むと、必死に手足を動かすが、前の二人に比べると随分と動きが大人しい。


「はぁ、ふぅ……あ、あの! 誰か起こしてくださいませんか?」


「いいですよ。レーナちゃん、手を!」


 レーナが伸ばした手をアプリコットが引っ張って起こす。そうして生まれた三つ目の芸術は、アプリコット達が蝶のような羽だったのに対し、トンボくらいの細くて薄い羽の妖精だった。


「思ったより雪が重くて、あまりシャカシャカできませんでしたわ……」


「でも、これはこれで個性的でいいと思いますよ」


「そうじゃのう。こんな他愛も無い遊びでも……いや、だからこそ個人の個性がこれだけ反映されるというの実に面白い! ならば次は妾じゃな」


「ひ……お嬢様!? まさかこれをやられるおつもりですか!?」


「当たり前じゃろメアリー! ここまできて妾だけやらぬなど、無粋の極みではないか! ゆくぞ……それいっ!」


「あっ!?」


 宙を舞ったアンにメアリーが手を伸ばすが、一歩及ばず。ボフンと雪に埋まったアンが、楽しげに手足をシャカシャカと動かす。その後はメアリーとミミにそれぞれ手を引っ張られて起き上がると、高貴で厳かな大羽の妖精の跡が雪に残った。


「ふぅ、確かにこれは力がいるのぅ! じゃが妾の『雪の妖精』もなかなかじゃろ?」


「ええ、素晴らしいです! じゃあ次は……師匠、やりますか?」


 ご機嫌な笑顔を浮かべるアプリコットが、クルリと振り向いて背後で待機していたシェリーに問う。だが言われたシェリーはうざったそうな顔をしながら、顔の前で手を振る。


「ハッ! 馬鹿言うんじゃないよ。アタシがそんなことやるわけないだろう?」


「えー? でも師匠がやったら、きっとすっごく大きな『雪の妖精』ができますよ? 見たくないですか?」


「アタシゃこれっぽっちも見たくないが?」


「我は見たいぞ! 何だか凄そうだしな!」


「あ、あの…………私もちょっと見たいですわ」


「ほらほら、二人はこう言ってますよ? アンちゃんはどうですか? 師匠の『雪の妖精』、見たくないですか?」


「シェリー殿の、か? それは……」


 話を振られたアンは、シェリーが雪に倒れ込み、必死に手足を動かす様を想像する。聞いていた年齢よりも相当に若い外見で、想像よりもずっと大きく筋肉質な大人のシェリーが、雪に塗れて真剣な表情でシャカシャカ手足を動かして……


「くっ、ぐふっ……クックック…………す、すまぬシェリー殿。正直妾もちょっと見たい」


 口元を手で押さえ必死に堪えるも、こみ上げる笑いは収まらない。目の端に涙を浮かべながら言うアンに、シェリーはこれ以上無いほど苦い顔をしながら悪態をついた。


「あー、くそっ! だからこんなところについてきたくはなかったんだよ!」


「? なら何で一緒に来てくれたんですか?」


「それは……アタシにだって事情ってもんが……」


「ほほぅ? 事情とやらがあるのなら、妾の頼みを聞いてくれぬか?」


「ぐっ……」


 アンに上目遣いの涙目で懇願され、シェリーがたじろぐ。直接会うのは初めてだが、シェリーは当然アンの正体を知っている。そしてアンが偽名を使っていることから、アプリコット達には正体を明かしていないことも理解できている。


 そしてアンの側も、シェリーが自分の正体に気づいていることはわかっている。だからこそその立場を利用してちょっとしたイタズラを仕掛けたわけだ。それにどう応えるかでシェリーの人となりの一端でもわかればいいかという王族としての判断と、実際にシェリーがジタバタするところが見たいという子供としての欲の入り交じった要請。


「あーもう、わかったよ! でもこのアタシを本気で誘ったからには……あとで後悔しても知らないからね?」


 それにシェリーは数秒悩んでから、邪悪な笑みを浮かべて答えた。イタズラにはお仕置き……シェリーはその主義を貫徹することにしたのだ。


「……見敵必殺、拳撃必滅! 我が拳は信仰と共に在り!」


「えっ!? 師匠、何を――」


「だらっしゃぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」


ズトーン!


 全身に神の力を漲らせたシェリーが天高く飛び上がり、まるで叩きつけるように背中から雪に落下する。するととんでもない爆音が響き渡り、辺り一帯にもうもうと雪が舞い上がった。


「姫様!」


「ゲホッ、ゲホッ、何じゃ……!?」


「レーナちゃん、大丈夫ですか!?」


「ま、真っ白で何も見えませんわー!?」


「ぐるるるるるるるる!」


「ガッハッハ! どうだい? これがアタシの『雪の妖精』だよ!」


 メアリーとミミに護られるアン、レーナを庇って立つアプリコット、そして唸るシフの前で雪の嵐が収まると、そこにはすり鉢状に広範囲の雪を吹き飛ばし、剥き出しになった地面の上に堂々と立って笑うシェリーの姿があった。

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