「お誘いをしました!」
アプリコット達が王都に到着してから、一〇日後。その日遂に、王都には雪が降ってきた。教会の窓から外を見ながら、三人がそれぞれの気持ちを口にする。
「おおー、降ってきましたね!」
「これは積もりそうですわ!」
「むぅ…………」
空からの白い贈り物にアプリコットとレーナが楽しげな声を上げるなか、シフだけは顔をしかめて空を見上げる。それに気づいたレーナが、首を傾げながらシフに声をかけた。
「シフさん、どうしてそんなお顔をしておりますの?」
「雪にはあんまりいい思い出がないのだ。森で暮らしていた頃は、雪が降ると大変だったからな」
「あー、それは確かにそうでしょうね」
その言葉に、アプリコットは深く納得する。以前にシフから「冬は他の動物のところに行って一緒に寝ていた」という話を聞いたことがあるが、それはつまり獣のような暮らしをしながら毛皮という天然の防寒具がないシフにとって、自分一人では冬を越えるのが難しかったということに他ならない。
「無神経なことを言って、申し訳ありませんでしたわ……」
「別に謝らなくてもいいのだ。自然というのはそういうものだし、それに今年は寒さに震えることもなさそうだからな!」
「勿論ですわ! もしもシフさんが寒さにプルプルしていたりしたら、私がギュッと抱きしめて差し上げますわ!」
「なら私も、一緒にギュッとしてあげます!」
「むぎゅー! 温かいのだ!」
二人からギュッと抱きつかれ、シフが嬉しそうな声をあげる。割と何度もやったやりとりだが、何度やってもやられても、双方共に幸せな気分になるので何の問題もない。
「でも、そうですね。せっかくですから、この際シフの雪の思い出を楽しいものに変えてしまいましょう!」
「え? アプリコットさん、何をするつもりなんですの?」
「それは勿論、雪遊びです! この辺は大分雪が積もりますから、それを固めてちっちゃな家を作って中でお茶を飲んだり、雪の像を作ったりするのも楽しそうですね。他にはこう、軽く握った雪玉を投げ合ってみたりとか……真新しい雪の上にボフッと倒れ込んでみるのなんかは、深く雪の積もるこの辺ならではの遊びですね」
「うわー、何だか凄く楽しそうですわ!」
「我も! 我もやりたいのだ!」
アプリコットの説明に、楽しげな想像を浮かべたレーナとシフが興奮して囃し立てる。
「フフフ、いいですよ。じゃあみんなでやりましょう! 何処か場所を……」
「何騒いでるんだい?」
と、そこで通路の奥からやってきたシェリーが、アプリコット達に声をかけた。シフのために慣れない交渉事を頑張っているため、最近は少し疲れ気味だ。
「あ、師匠! シフが雪にいい思い出がないって言うので、なら楽しい思い出を作ろうって計画していたんです!」
「思い出ねぇ……遊ぶのはいいけど、奉仕活動もしっかりやるんだよ? 特にこれから雪が積もれば雪かきの依頼が入ってくるだろうし、滑って転んだりして怪我人が出たり、雪で景色が変わるからか迷子なんかも増えるからねぇ」
「それは勿論、バッチリ頑張りますよ! どんな雪でもドンとこいです!」
「怪我をした方がいれば、すぐに治して差し上げますわ!」
「我の鼻にかかれば、迷子なんてすぐに見つけちゃうのだ!」
「そりゃ頼もしいことで。ま、アンタ達なら平気だろうけどね」
今までの旅の話や今日までの生活で、アプリコット達が真面目に奉仕活動を頑張っているのは皆が知っていることだ。であれば余暇に遊ぶことを禁止する理由などないし、アプリコットやシフの身体能力とレーナの<癒やしの奇蹟>があれば、大抵のことはどうにでもなる。
故にシェリーは特に心配することもなくその場を立ち去ろうとしたのだが……そこにアプリコットが厄介ごとの種を投げ込んできた。
「あ、そうだ! せっかく遊ぶなら、アンちゃん達もお誘いしたいですね。師匠、アンちゃんに『一緒に遊ぼう』と伝えてもらうことってできますか?」
「はぁ? いやまあ、できなくはないだろうけど……」
「ならお願いします! 多分アンちゃんが一番忙しいでしょうから、場所とか時間とかはアンちゃんの希望を優先する感じで!」
「……そうかい。じゃあ、聞くだけは聞いておいてやるよ。ただし駄目だったとしても文句言うんじゃないよ?」
「当たり前じゃないですか! でも、一緒に遊べるといいですね」
「ええ、本当に! 今から楽しみですわー!」
「またあの美味いお茶が飲めるかも知れないのか。なら我は今度こそ、チョコレートにママを塗って食べてみたいのだ!」
(こりゃ参ったねぇ)
はしゃぐ三人娘を前に、シェリーは苦笑しながら頭を掻く。正式な謁見なんて申し込んだら大事になるうえに時間がかかるので、今回も手紙を送るしかないのだが、その文面を今度は自分で考えなければならない。
(アプリコット達が一緒に遊びたがってるから、日時の指定をお願いします……でいいのかい? 姫様に手紙なんて出したことないから、どんな文面なら失礼じゃないのかわかりゃしないよ!)
正直に言えば面倒なことこの上ないが、できたばかりの友達と一緒に遊べると喜んでいるアプリコット達を見れば、そんな理由で断るのは気が引ける。
(ま、なるようになるさね)
なので結局、適当にそれっぽい文章をでっち上げればいいかと考え、シェリーは自分の部屋へと戻っていった。そうして苦心の末に書き上げられた手紙は王城へと届けられ、いくつかの検閲を経てメアリーの元へと届く。その内容を一瞥したメアリーは、豪華な天蓋付きのベッドに寝転がってくつろぐ主に声をかけた。
「姫様、お手紙が届いております」
「手紙ー? 誰からじゃ?」
「差出人という意味では、聖女シェリー・ブロッサム様ということになります」
「シェリー・ブロッサムじゃと!? 一体シェリーが妾に何の用だというのじゃ!?」
「それが……」
「ええい、まだるっこしい! さっさとその手紙をよこさんか!」
何故か躊躇いがちなメアリーから手紙を奪い取り、アンがその中身に目を通す。そうしてへりくだってるのか馬鹿にしてるのか微妙な感じのする妙な言い回しの文章を読み終えると……アンは思わず破顔した。
「クッ、ハッハッハ! 何と! あのシェリーを使いっ走りのようにして手紙を書かせた内容が、妾を雪遊びに誘うものとは! こんなに面白いのは久方ぶりじゃぞ!」
「それで姫様、如何致しますか?」
「勿論行くとも! せっかくのお誘いじゃからな」
「ですが、護衛はどうなさいますか? 屋外となると、ミミは……」
「む…………」
シェリーの指摘に、じわりと壁から現れたミミが不満げに声を漏らす。ミミの使う姿隠しの魔導具は、平面に密着していないと使えない。なので使うなら壁か床、屋外なら地面と言うことになるが、流石に地面に寝転がってしまうといざという時の初動が遅れてしまうし、そもそも床や地面だと普通に踏まれて存在がばれる可能性が高いので、よほどの理由がなければそこに隠れることはない。
なので今回は姿を隠せないのだが、そんな指摘にアンが平然とその考えを告げる。
「そんなもの、メアリーと同じ格好をして一緒についてくればよかろう。秘すべきはミミが常に壁に隠れているということであり、ミミの存在そのものは知られても困るものではないのじゃからな。
それに手紙によれば、この雪遊びにはシェリー・ブロッサム本人も来るらしい。シェリーと縁を結べるのは願ったりじゃし、シェリーがおる場所に襲撃をかけてくる馬鹿などおるまい。というか、いても一蹴されて終わりじゃろ」
「そう、ですね。シェリー・ブロッサムという人物が、噂通りの者であるなら……」
「その辺を確かめる意味でも、行く価値はアリアリじゃ! ということで、場所と時間を選定するぞ! いい感じに雪が積もりそうな日時と場所を考えるのじゃ!」
「畏まりました!」
アンの指示にメアリーが一礼して答え、ミミは再び壁と同化して消えていく。そしてアンは……
「クックック、楽しみじゃのぅ」
窓の外に降る雪を見ながら、色々な意味を込めた笑いを噛み締めていた。





