間話:招いた側の事情
「今日はお招きありがとうございました!」
「お話、とっても楽しかったですわ!」
「あのココアとかチョコレートとかいうやつも美味かったのだ!」
「妾も楽しかったぞ。シフのことは悪いようにはせんから、安心せよ」
「はい、宜しくお願いします。ではアンちゃん、またです!」
「うむ、またな!」
その後まったりと二時間ほど雑談をしてから、アプリコット達はそう言って部屋を後にしていった。その背を見送ったメアリーが部屋の扉を閉めると、アンは改めて小さく息を吐く。
「ふぅ、帰ったか……で、メアリー。あの娘達をどう見る?」
「そう、ですね……私としては、ごく普通の子供ではないかと」
何処か楽しげに問うてくる主に、メアリーは少しだけ考えてからそう答える。
「あの子達の態度は、単なる貴族の娘を相手にするにしても少々失礼というか、馴れ馴れし過ぎると感じました。が、お嬢様が不快に感じられるほどの無礼を働くことはなかったので……総じてお嬢様を『年の近い女の子』として扱っている様子からそう判断致しました」
「ふむ、そうか。まあ妾も半分は同じ意見じゃ」
メアリーの言葉に、アンはニヤリと笑いながらそう言って頷く。だがメアリーとしてはその言葉に甘んじるわけにはいかない。
「半分、ですか? 何か私の判断に不手際がありましたでしょうか?」
「その説明をする前に、もう一人にも意見を聞いておこう……ミミ、出てくるのじゃ」
「……ハッ」
アンに名を呼ばれると、その背後にある一見すると何も無い壁から、じわりと人の形が浮き上がってくる。身長は一六〇センチほどで黒髪を短く切りそろえ、体に密着するような黒い革製の服を着込む、一見すると暗殺者のような出で立ちで壁に潜んでいたのは、アンの護衛である一七歳の少女、ミミだ。
「相変わらず見事なものじゃのぅ。妾などいるとわかっていてもお主の位置がわからぬぞ?」
「それは私の腕ではなく、魔導具の力なので……」
「ふふっ、道具を使いこなすのも人の力じゃろう? それはそれとして、お主はあの三人をどう見る?」
「はい……まずレーナという少女ですが、彼女は見た目通りの存在だと思いました。評価に値するものは何もありません。ただの善良な見習い聖女だと思います」
アンの問いかけに、ミミがまずレーナを切り捨てる。もっともそれは一般人を一般人と評しただけなので、決してレーナを貶めるようなものではない。アンもそれをきちんと理解しているので、そのまま頷いて続きを促す。
「次にシフですが……少々危険なものを感じました。あの娘にはお嬢様に対する遠慮がほぼありません。もしあの時お嬢様が本当に尻尾を引っ張ったりしていたら、きっとお嬢様を引っ叩くくらいはしたと思います」
「ほっ、そうか! 確かにそうかものぅ」
「お待ちください。ミミ、貴方はお嬢様が害される可能性を感じていながら、何もせずに見ているだけだったのですか?」
納得するアンとは裏腹に、メアリーが厳しい目をミミに向ける。だが睨まれた方のミミは平然と言葉を返す。
「確かにシフが本気を出せば、お嬢様の首なんてあっさり吹き飛ぶくらいには強いと感じた。でもあの子はちゃんと自分の力を自覚し、制御している。子供同士のじゃれ合い程度で私が飛び出すことはない」
「ですが――」
「よい! よいのじゃメアリー。尻尾を引っ張るような蛮行に対しペチリと引っ叩かれるくらいなら、むしろ温情じゃろう? 言ってわからぬ子供相手なら、その程度の躾は許容範囲じゃ! 決して獣の本能によるものではあるまい」
「は、はい……そうですね」
アンにたしなめられ、メアリーが少しだけ肩を落として押し黙る。だがそんな真面目すぎる部下の姿に、アンは苦笑しながらもう少し言葉を続けた。
「よいか? 妾はシフがどのような存在かを見極めるために、あのような阿呆な要求や行動をしたのじゃ。ならばそれに怒ったとしても当然じゃし、手くらいでよう。まあ妾を貴族として認識していれば話は違うんじゃろうが……あの娘はそこまでは意識せぬようじゃったしな」
シフがどの位置に在るのかは、アンにとっても重要な問題だった。言葉を話すだけの野生の獣なのか、理性と知性を持つ獣の力を持った人間であるかは大きな違いであり、アンはシフを後者寄りの存在だと判断していた。
「権威を重んじぬのは如何にも獣だが、然りとて力だけを振りかざす野獣でないなら十分じゃろう。ほれ、それより最後の一人の報告をせよ」
「はい。では最後、アプリコットですが……あの子は、私の存在に気づいてました」
「何ですって!?」
ミミの言葉に、メアリーが驚きを露わにした。その視線がすぐにアンの方に向くと、使用人にあるまじき勢いで声をかける。
「姫様、危険です! あの者達との関わりを持つのは――」
「やめい! 大丈夫じゃ! というかメアリー、お主忘れておらぬか? あの者達は、フランソワから紹介された者なんじゃぞ?」
「あっ!? それは……」
呆れたように言うアンに、メアリーが言葉を詰まらせる。
「フランソワは確かにポヤッとしたところのある娘じゃが、妾が友に選んだ娘であり、歴とした伯爵令嬢じゃ。それがただ無邪気なだけの子供を妾に紹介すると、本当に思うのか?」
「いえ、それは……ですが、そうなるとあの子達の態度は……?」
「レーナとシフはともかく、アプリコットの方は演技……とは言わぬが、妾がここに呼びだした理由を考えたうえでああいう態度をとったのではないか? ミミに気づいて何も言わなかったのも、こちらの事情に配慮してのことじゃろう」
「そんなことが…………」
「勿論、妾が勝手に穿った見方をしているだけで、実際には大した考えのない小娘である可能性もある。が、なにせあのシェリー・ブロッサムの教え子じゃからのぅ……ああ、流石に嘘ではないと思うが、一応裏付けはとっておくのじゃ」
「畏まりました。すぐに調べさせます」
「うむ、頼んだぞ……ちなみにミミよ。お主とアプリコットが戦ったら、どちらが勝つ?」
「普通に戦うのであれば、私の方が強いと思います。ですが、シェリー・ブロッサムの教え子ということは、<神の奇蹟>で力を増すと思われるので……」
「あー、そうか。そっちが入るとわからんわけじゃな。なにせあのシェリーの教え子じゃしなぁ」
シェリー・ブロッサム。ごく一部の間でしか知られていない……あるいは知られないように秘匿されているその力は、聞き及ぶ限りでもかなりのものだ。単独で城を落とせるとか八〇日で世界一周できるとか、アンの立場では嘘か、そうでなくても相当に誇張されているとしか思えないその内容も、もっと事情をよく知る上の立場の人間の態度を見る限り、割と真実に近いらしい。
「とはいえ、ミミの存在に気づけるというのなら、ただの子供ということはあるまい。であれば厄介な仕事をいくつか頼めるかも知れんのぅ」
「姫様、あの者達を抱え込むおつもりですか?」
「将来的な話はわからんが、今すぐそんなことは考えておらぬ。ほんの二時間ばかり話しただけの相手にそこまで入れ込むほど、妾は愚かではないぞ?」
「……申し訳ありませんでした」
またも落ち込んだように謝罪の言葉を口にするメアリーに、アンもまた再び苦笑を浮かべながら言う。
「さっきもそうじゃが、お主は真面目すぎじゃ! あの娘達を見習って、もう少しくらいは砕けた感じになってもいいんじゃぞ?」
「それは私も、姫様と一緒に少女のお尻を観察するようになれ、と?」
「……いや、それは流石に砕けすぎじゃろ。大体誰の尻を見るつもりじゃ?」
「それは…………」
「……何で私の方を見る?」
メアリーの視線が流れた先で、ミミがもの凄く嫌そうな顔をする。だがそんなミミに、メアリーが真面目そのものの顔で問う。
「貴方は姫様のために、己を犠牲にするつもりがないのですか?」
「む……確かに私は姫様の護衛。姫様のためなら命だって惜しくない。でもお尻を出すのは違うというか……そういう小事は、むしろメアリーの仕事では?」
「……確かに。ということは、私は姫様にお尻を出して見せればよいのでしょうか?」
「何故そうなる!? というか、お主の尻など見飽きておるわ! いつも一緒に湯浴みをしておるじゃろうが!」
「なら、私は誰にお尻を見せればいいのですか!? あるいは誰のお尻を見れば!?」
「見せんでいいし! 見んでもいい! 何なのじゃお主は!? 砕けた方がいいとは言ったが、馬鹿になれとは言っておらぬぞ!?」
「……難しいです」
「……そうか。妾は疲れたのじゃ。いい時間じゃし、城に帰る準備をせよ」
「「ハッ!」」
アンの言葉に、二人の従者が即座に動き出す。そのキビキビした態度に満足げに頷くアンであったが、自分の蒔いた種……というか尻……に今後しばらく悩まされることになるのは、今はまだ知らぬことであった。





