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見習い聖女の鉄拳信仰 ~癒やしの奇蹟は使えないけど、死神くらいは殴れます~  作者: 日之浦 拓
第八章 王都での日々

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「観察しました!」

「……しかしお主等、ビックリするほど妾のことを敬わぬのぅ」


 激しく楽しい争奪戦を終え、皆がそれぞれ十分にココアとチョコを堪能した後。普通の紅茶の入ったカップを傾けつつ、アンがしみじみとそう口にする。するとアプリコットが同じくお茶を飲みながら、コテンと首を傾げて言った。


「あれ、『ははー!』ってやった方がよかったですか? それならそうしますけど……ほら、レーナちゃんも一緒に! ははー!」


「えっ!? あ、はい。ははー!」


 両手をまっすぐに伸ばし、机にぺたりとくっつけるように上半身を倒すアプリコット達。だがそのわざとらしい平伏に、アンは思い切り顔をしかめてシッシッと手を振ってみせる。


「やめんか! これっぽっちも心のこもってない平伏など、鬱陶しいだけじゃ!」


「も、申し訳ありませんですわ! でも、私は……」


「あー、いや、違うぞ? レーナはちゃんと妾を敬ってくれているというか……ぬがー! またしても貴様かアプリコット! なんと悪辣な娘なのじゃ!?」


「悪辣!? こんな素直で正直で可愛くて筋肉ムキムキな見習い聖女を捕まえて悪辣なんて、酷い言いがかりです! 風評被害です!」


「チッ、もうよい! それよりお主等、妾になんぞ頼みでもあったのではないか?」


「あ、はい。それなんですが……」


 急に真面目な顔になったアプリコットが、シフのことを話していく。するとそれを聞いたアンは、腕組みをして考え込み始めた。


「ふーむ、そうか。要はその辺の貴族だの大商人だのに、妙な言いがかりをつけられないようにすればいいということだな?」


「はい、そうです……難しいですか?」


「簡単と言えば簡単じゃが、難しいと言えば難しいな」


 アンの口にした何の答えにもなっていない言葉に、アプリコット達が困惑を顔に浮かべる。だが何かを質問される前に、アンが自ら言葉を続けた。


「簡単というのは、妾が『手を出してはならぬ』と口にすることじゃ。そう言うこと自体は、特に何の問題もない。特別な立場に取り立てるとかではなく、単純に知り合いじゃから手を出すなというだけなら尚更じゃな。


 じゃが、それが何処まで効果があるかがわからぬし、妾の意向を無視したり、あるいは妾に嫌がらせをするのに丁度いい対処として逆にシフを狙う輩が出てくる可能性もある。そう言う意味では『難しい』というわけじゃ」


「なるほど。今ならただの変わった見た目の女の子ですが、そうしてもらうと良くも悪くも『アンちゃんが気にかける女の子』になっちゃうわけですか」


 纏めるように言うアプリコットに、アンが大きく頷く。


「そうじゃな。無論妾が本気で保護しようとすればまた違うじゃろうが、いくらフランソワの紹介とはいえ、ついさっき会ったばかりの相手にそこまでのことはできん。妾は妾で立場というものがあるからのぅ」


「でしょうね。私としても無理を言うつもりはありません。師匠にもお願いしてありますから、アンちゃんには私や師匠でどうしようもないような理不尽な目に遭った場合に、せめて公正な扱いをしてもらえる程度に助けてくれたら嬉しいなぁというくらいなんですが……」


「そうなのか? そのくらいならば……というか、師匠というのは誰じゃ?」


「あれ? あのお手紙は師匠に渡したんですけど、アンちゃんは師匠から受け取ったんじゃないんですか?」


 首を傾げるアプリコットに、アンはふるふると首を横に振る。


「違うぞ。妾はし……ようにんから手紙を受け渡されただけで、お主の師匠とやらには会っておらぬ。まあ会ったところで妾が名を知る人物とは限らんが、一応名を言ってみるのじゃ」


「師匠の名前ですか? シェリー・ブロッサムです」


ガタッ!


 アプリコットがその名を告げた瞬間、アンが勢いよく立ち上がった。手にしたカップが倒れて零れた中身をメアリーが手早く拭いて片付けるが、それを気にすることもなく興奮した口調でアンが叫ぶ。


「シェリー!? シェリー・ブロッサムじゃと!? お主、あのシェリー・ブロッサムの教え子なのか!?」


「ふえっ!? は、はい。師匠は私に見習い聖女としての生き方とか、戦い方なんかを教えてくださった人ですけど……」


「なんと、そうじゃったのか……」


 驚きでキョトンとした顔をするアプリコットをしげしげと見つめてから、アンが椅子に座り直す。メアリーから出された紅茶を一口飲んで落ち着きを取り戻すと、改めてアプリコットに問いかけた。


「ならば確認じゃが、シェリーはシフのことを保護すると、間違いなくそう言ったんじゃな?」


「はい! 師匠が教会の人達に、いい感じに説明してくれるみたいです」


「そうか。であれば妾の方でも、それを確認できたなら同じように話をすることを約束しよう。じゃがその前に……おい、シフ!」


「む? 何だ?」


 お腹がいっぱいになり、また話がちょっと難しくなってきたので少し眠くなってきていたシフが、名を呼ばれてピクッと耳を震わせる。


「ちょっとこっちに来て、その耳と尻尾をよく見せるのじゃ! 今更無いとは思うが、実は偽物じゃったとか言われたら物笑いの種にされてしまうからのぅ」


「うむん? 別にいいけど、乱暴にしては駄目なのだぞ?」


「わかっておるわ。ほれ、近うよれ。で、まずはここにしゃがんで頭を突き出すのじゃ!」


 手招きをされたシフが席を立ち、アンの側で腰を落とす。するとアンはシフの頭をワシャワシャと撫で回し、耳の付け根を観察する。


「おお、温かいしフワフワしておるのぅ……」


「くすぐったいのだ! あんまりサワサワしては駄目なのだ!」


「そうは言っても、こうせんと付け根のところがわからんじゃろう? ふむふむ、ちゃんと皮が繋がっておる。なら、次は尻尾じゃ!」


「ほら、これでいいか?」


 請われたシフは後ろを向くと、尻を突き出して尻尾をファサファサと振る。だがアンはそれでは納得しない。


「駄目じゃ! もっとちゃんと見せるのじゃ!」


「むぅ、面倒なのだ……ならこれでいいか?」


 口を尖らせて唸ったシフが、ローブを捲り上げ下着を下ろし、丸出しの尻を突きつける。するとそれを見たレーナが、思わず小さな声をあげてしまった。


「きゃっ!? シフさん、それははしたな過ぎますわ!?」


「アンがしろと言ったからしているだけなのだ! で、いいのか?」


「お、おぅ。まさか丸出しにするとは思わんかったが……むむぅ」


 アンもまたシフの思い切った行動に驚いて若干引いたが、すぐに気を取り直して尻尾を掴むと、その手触りや根元の付け根の部分を観察する。


「確かに人の体から尻尾が生えておる……上はまだ髪の毛があったから自然な感じじゃったが、ツルリとした肌からモフモフの尻尾が生えておるのは、何とも不思議じゃのぅ。あ、こら、動かすでない!」


「だってくすぐったいのだ! くすぐったいと、尻尾は勝手に動いてしまうのだ!」


「自分の意思で動かせるが、完全には制御できないといったところか? 不思議じゃのぅ。不思議じゃのぅ」


「そう言えば、私もそこまでよく見たことってありませんでした……シフ、アンちゃん、私も一緒に観察してもいいですか?」


「うむ? 妾は構わぬぞ?」


「我もどうでもいいのだ。でも寒いから早くするのだ」


「わーい、ありがとうございます! レーナちゃんも一緒に見ますか?」


「えっ!? えーっと、じゃ、じゃあ、はい……」


 アプリコットに誘われ、レーナも顔を赤くしながらアンの側へと移動し、みんな揃ってシフの尻尾を観察し始める。


「ほほー、こういう感じにくっついてるんですね」


「はわわわ、こんなことをしてもいいんでしょうか? 私何だか、凄くいけないことをしている気がしますわ」


「本当に不思議じゃのぅ……ちょっと引っ張ったら駄目じゃろうか?」


「それは本当に駄目なのだ! 痛いから引っ張ったら駄目だからな!?」


「わかっておる。冗談じゃよ……ちょっとでも駄目か?」


「駄目なのだ!」


「……………………」


 丸出しの尻を突き出した少女と、その尻をしげしげと観察する三人の少女。そんな何とも表現しづらい光景を前に、メアリーはどうしたものかと内心頭を抱えつつも、使用人らしく無言を貫いて静かに主達の奇行を見守り続けるのだった。

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