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見習い聖女の鉄拳信仰 ~癒やしの奇蹟は使えないけど、死神くらいは殴れます~  作者: 日之浦 拓
第八章 王都での日々

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「色々とお願いしました!」

「なんとまあ、随分と大冒険をしたもんだねぇ」


 長い自分語りを終えたアプリコット達を前に、シェリーは呆れとも感心ともつかないような表情で笑う。アプリコット達が話したのはほぼ三人に共通する部分……つまりはこの半年程度のことだけだったのだが、そんな短期間で一体どれだけのトラブルに巻き込まれてきたのかと思えば、そんな顔をしてしまうのも仕方ないだろう。


「まあでも、よくやったよ。大したもんだ」


「えへへ……」


 グリグリと少し乱暴に頭を撫でられ、アプリコットが嬉しそうに笑う。子供扱いされるとちょっとむくれるアプリコットが無邪気に喜ぶ姿にレーナ達はちょっとだけ驚いたが、幸せそうなその顔を見れば自然と自分達の顔にも笑顔が溢れてくる。


「あんなに楽しそうなアプリコットさんは初めて見ましたわ!」


「うむ! 尻尾があったらブルブル震えているやつなのだ!」


「あうっ!? そんなこと……あ、そうです師匠! それでシフのことなんですけど……」


 改めて指摘され、照れたアプリコットがやや強引に話題を変える。だがそう言われたシェリーは、微妙に顔をしかめて考え込んだ。


「ふーむ、簡単な問題じゃあないねぇ。何せ人の悪意や善意は、何処までいっても限りないもんだ」


「悪意はともかく、善意ですの?」


 不思議そうに首を傾げるレーナに、シェリーは皮肉な笑みを浮かべながら頷く。


「ああ、そうだよお嬢ちゃん。悪意ってのは、まあわかるね? シフを捕まえて見世物にするとか、趣味の悪い金持ちや貴族にでも売りつけるなんてことを考えるようなことだ。でも、そういうのに対処するのは簡単ではなくても単純なんだよ。なにせ見つけたらぶん殴って黙らせればいいだけだからね。


 でも、善意は違う。自分がよかれと思うことは他人に否定されてもなかなか受け入れられないし、変えようとすら思えないんだ。たとえば……そうだね。シフのその姿が悪魔の呪いだって言うなら、そんな呪われた存在から大事な教え子を護るために、アタシがシフを倒そうと考えたなら、どうする?」


「えっ!?」


「ぬあっ!?」


 ジロリと睨み付けるシェリーに、レーナとシフが驚きの表情を見せる。それと同時にアプリコットがサッとシフの側に移動し、拳を握って戦う姿勢をとった。


「勿論、師匠と戦います! そして頑張って説得します!」


「アプリコットさん……わ、私もですわ! シフさんは大事なお友達なのですから、いくらアプリコットさんのお師匠様とはいえ、そんなことさせませんわ!」


「アプリコット……レーナ…………」


「ハッハッハ! そうかい。ああ、アンタ達はそれでいい……でも、この話の本質はそこじゃない。今のアタシの行動には、アプリコットを思う純粋な善意しかなかっただろう? たとえアプリコット本人の意思を無視していたとしても、『アプリコットを助ける』という想いに悪いところなんてなかったはずだ。


 で、それはアンタ達にだってわかってるだろ? だからアンタ達はアタシを説得するって言ったんだ。アタシが悪い奴だって考えたなら、単に倒せばいいだけなのにね」


「それはまあ……」


「そうですわね」


 豪快に笑いながら言うシェリーに、アプリコット達は一転して困り顔になった。そしてそんな二人に、シェリーは更に言葉を重ねていく。


「これこそが善意の難しいところさ。善人だから倒せないし、善意だから否定できない。かといって説得するのも難しくて、やれるのは精々遠くに逃げて関わらないようにするだけ……な、面倒だろう?」


「うぐ、確かに。でもじゃあ、どうすれば――」


「大丈夫だよ」


 不安げに顔をあげるアプリコットに、シェリーは優しい笑顔を浮かべて答える。


「今この話をしたのは、そういう面倒臭いことが世の中には溢れてるってことを、ちゃんとアンタ達にも知っておいてもらいたいと思ったからさ。で、そういう面倒臭いことから子供を護るのが大人の役目さね。


 心配しなくても、アタシの方で手を回してみるよ。そうすれば少なくとも教会の関係者からシフが謂れのない責め苦を負わされることはなくなるだろうさ」


「本当ですか!? ありがとうございます師匠!」


「流石アプリコットさんのお師匠様ですわ!」


「むぅ……なあ、我は……わっ!?」


 喜ぶアプリコットとレーナの背後で、シフがションボリした声を出した。だがシフが弱気なことを口にする前に、アプリコットとレーナが左右からギュッとシフに抱きつく。


「それ以上は言わせませんよ? なにせ前にも聞いてますからね!」


「そうですわ! そして私達の答えも同じですわ!」


「「何があっても、私達はずっとお友達です!」わ!」


「むぎゅぅ……」


 二人からギュウギュウに抱きつかれ、シフが嬉し恥ずかしそうに口元をモニョモニョさせながら唸る。そんな子供達の姿にシェリーは眩しそうに目を細め……だがそこで初めて、やや渋い顔で小さく息を吐いた。


「ハァ。とは言え、それだけだとちょっと弱いね。アンタ達、この冬はここで過ごすつもりなんだろう?」


「はい、そうですけど……何か問題があるんですか?」


「ここは王都だからね。普通の町よりも警備が厳重なんだよ。それでも例年なら不用意に城に近づいたりしなければ問題なかったんだが、今年はちょっとここでも色々あってねぇ」


「色々ですか? それは一体……?」


「あ、そうですわ!」


 困った顔をするシェリーにアプリコットが問おうとした時、不意にレーナが声をあげる。


「どうしたんですかレーナちゃん?」


「ほら、アプリコットさん! フランソワさんからいただいた手紙がありますわ!」


「あ、ああ! そう言えばありましたね!」


 言われて思い出し、アプリコットはローブの裾から手を突っ込んで中をまさぐり始めた。そうして取りだした手紙をシェリーへと差し出す。


「師匠。これ、旅の途中でお友達になった子からの……紹介状? なんですけど」


「何で疑問形なんだい? っていうか、これをアタシにどうしろと?」


「中を読んでみてください。教会の偉い人に渡してくれって言われたんですけど、師匠なら平気だと思いますから」


「あーん? まあいいけど……」


 明らかに高価な封筒を受け取ると、シェリーは立派な封蝋を外してその中の手紙に目を通す。するとその表情がみるみる険しくなり、口元が僅かに引きつる。


「アプリコット、アンタこれ……いや、話も聞いてるし、本物なのはわかってるけど……でも、これはねぇ……」


「……あの、師匠? フランソワちゃんのお友達って、どんな人なんですか?」


 そんなシェリーの様子に、アプリコットも何だか不安になってくる。だがその問いかけに、シェリーは静かに首を横に振る。


「この手紙には、自分が紹介する相手のことは教えないでくれって書いてある。そういう余計なことはなしで、純粋にお友達になって欲しいんだそうだ」


「へー、そうなんですか。私は別に構いませんけど、レーナちゃん達はどうですか?」


「私も勿論いいですわ! ただフランソワさんのお友達ということなら、やはり貴族の方なのではありませんか? 私達の方が失礼にならなければいいのですけれど……」


「それは平気だろうね。というか、それを気にするくらいならこの話を先方に伝えた時点で、向こうが身分を伝えてくれって言ってくるだろうさ。その時はちゃんと教えるから、安心しな」


「なら問題ありませんわ! シフさんは……そもそも気にしませんわよね?」


「うむ? そうだな。相手が森のヌシとかならちょっと気を使うけど、そうじゃないならあんまり気にしないのだ!」


「だそうですわ!」


「…………そうかい。ならいいけどねぇ」


 一体どんな人を紹介されるんだろうと盛り上がるアプリコット達を見ながら、シェリーは内心で小さくため息を吐く。


(ハァ、こりゃ教会への根回しは急ぎでやっとかないとだねぇ)


 まだまだ続きそうな教え子達の大活躍に、シェリーは一人楽しげに頭を抱えるのだった。

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