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見習い聖女の鉄拳信仰 ~癒やしの奇蹟は使えないけど、死神くらいは殴れます~  作者: 日之浦 拓
第七章 虹を望む聖女

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「お互いの話をしました!」

「ご迷惑をおかけしました……」


 その後ベッドに運ばれたネムは、三〇分ほどであっさりと目を覚ました。もっとも目を覚ましてからも五分ほどはボーッとしていたが、やがて意識が記憶に追いつくと、開口一番そう言って頭を下げる。


「いえいえ、そんなことありませんよ!」


「そうですわ! 神様にお会いしてお話までできたなんて、とんでもなく貴重な体感でしたわ!」


 そんなネムに対し、アプリコット達は笑顔で謝罪を否定する。実際神に拝謁できたことに比べれば、ネムを抱っこしてベッドに運んだことなど何ともない。


「まったく、ネムはとんでもない奴なのだ! あんなムズムズする奴を呼びだすなんて……」


「ムズムズ、ですか? それは……?」


「あれ? ネムさん、アマネクテラス様を降ろしている時の記憶はないんですか?」


「はい。というか、私は私でアマネクテラス様とお話をしておりましたので。皆さんともお話をされていたということはお聞きしましたが……」


「あー、そういう感じなんですか。まあ神様ですし、そりゃ同時に話すくらいできますよね」


「なら、お互いに何があったかを話した方がよさそうですわね」


 困り顔をしたネムに頷き、アプリコット達はまず自分達に起きたことをネムに伝えた。それを静かに聞き終えると、事実を噛み締めるようにネムがゆっくりと口を開く。


「なるほど、そのようなことが……」


「それで、ネムさんの方はどうだったんでしょう? それと、あの光の柱から広がった輪の効果は?」


「あれはアマネクテラス様のお力を使い、世に満ちる神の力をほんのわずかに波立たせただけのものだそうです。それ自体には何の効果もありませんが、その魂を神の力が通り抜けたことで、男女問わず世界中の全ての人達が『神の力』を実感したことでしょう。


 勿論、だからといって何かが変わるわけではありません。でも一度でもその存在を感じられたならば、後は指導によってより強く、鋭敏に感じ分けることもできるようになるはずです。その上で私がレーナさんにしていただいたことを他の方に伝え、更にその人が他の誰かに伝えることを繰り返せば……」


「世界中にいる目の見えない人に、『色』の概念を伝えられると?」


「ええ、そうできるはずです。それこそが私の祈り。これから先の生涯全てを費やしてその方法を広めることこそが、今回の奇蹟の対価にして、私が為すべき使命なのです」


 神の奇蹟は、〇を一に変えた。だが一を一〇や一〇〇にするには、たゆまぬ人の努力が必要になる。それこそが己の命の意味だと力強く断言するネムの顔はやる気と決意に満ちており、見ているアプリコット達の方まで体の奥底から力が湧いてくるようだ。


「素晴らしい考えです! やっぱりネムさんは凄いですね!」


「ですわ! あ、でも、私一つだけ疑問があるのですけれど……何故私の祈りが通じて、ネムさんの祈りは通じなかったのでしょうか? 正直私よりもネムさんの方が、ずっと真摯に長期間『色を知りたい』とお祈りしていたと思うのですけれど……」


 ちょっと聞きづらそうに問うレーナに、ネムが軽く苦笑しながら答える。


「ああ、それは私の中に、具体的な『色』のイメージがなかったからのようです。私の祈り自体は届いていましたが、アマネクテラス様としてもどうやってそれを伝えればいいのかわからなかったのでやりようがなかったと、謝罪されてしまいました」


「えっ、そうなんですか!?」


「それは……というか、神様でもわからないことってあるんですのね」


「そのようですね。神様は万能ではあっても全能ではないということなのでしょう。だからこそ人の祈りが、そこに込められた想いや考え方が必要なのだと仰られておりましたし」


「なるほどー。まあそうでなかったら、こんなに沢山の神様が存在している理由がないですからね」


 神が全てを知るものであれば、ただ一柱の神が存在すればいい。だが事象毎に細分化されているということは、神の力や知識には限りや区切りがあるということに他ならない。


「なので、アマネクテラス様は皆さんに凄く感謝しておられましたよ。だからこそご褒美として、そのお力の一端をレーナさんにお渡ししたのでしょうし……それでレーナさん、そのお力はどうするのですか? それを使えばアマネクテラス様を降ろすこともできるでしょうから、私と一緒にレーナさんも大聖女になれると思いますが……」


「ええっ、わ、私が大聖女ですの!?」


 驚くレーナに、ネムが少しだけイタズラっぽく微笑みながら頷く。


「ええ、そうです。正直私がそう呼ばれるのは気が引けるのですが、レーナさんであればその資格も十分あるでしょう。どうしますか? 二人で一緒に大聖女になりますか?」


「それは…………いえ、辞めておきますわ」


 ほんの少しだけ考えたレーナは、しかし静かに首を横に振る。


「確かに私は大聖女フロウリア様に憧れておりますけれど、でも私が憧れたのは肩書きではなく、人々のために神様さえお呼びしたフロウリア様の生き方なのですわ! なのにこんなところで自分のために神様をお呼びしたりしたら、フロウリア様にもアマネクテラス様にも呆れられてしまいますわ」


「……そうですか。やはり貴方は、素敵な聖女ですね」


「ふえっ!? あ、ありがとうございますわ?」


 柔らかく笑うネムに、レーナが照れながらお礼を言う。その後は「そろそろ出発しなくてもいいのか?」とシフに指摘され、アプリコット達は足早に神殿を後にした。そんな後輩達の背を見送ってから、ネムは空を見上げて祈りを捧げる。


「アマネクテラス様。強く優しく気高い私の後輩達が、今再び巡礼の旅に出ました。どうかあの子達のことを、これからも見守ってあげてください」


 その祈りに太陽がキラリと光ったが、ネムの白い目にそれが映ることはない。だがそこから放たれた光の波が、まるで赤子を抱く母の腕のように自分とアプリコット達を包み込む様子が、ネムの新たな目にはしっかりと視えていた。





 それは少しだけ未来の話。神殿から立ち上った光の柱はかなりの遠距離からでも見られており、関係各所からの確認や事情聴取、各種手続きなどを経て、神の降臨から一年後、ネムは公式に「大聖女」として認定された。


 ただネム本人は自分が「大聖女」と呼ばれることを認めておらず、聖都への招聘も固辞し、自身の足で世界中を巡る旅へと出発した。そうして各地で出会った人々に自らの得た知見を伝えることで、目で見ずとも色を認識するという技術が盲人を中心に世界中に広まることとなる。


 後に「第七感覚」と呼ばれるようになるそれを生み出した聖女として歴史に名を残すことになる、大聖女ネム。そんな彼女に「神を降ろしこれほど偉大な功績を残したというのに、どうして大聖女と呼ばれることを拒むのですか?」と問うた記者に対し、彼女はこう答えた。


――「確かに私は神降ろしを成しましたが、私は何も生み出してはいません。私こそが神に、そして尊敬すべき友に与えられた者であり、私はただそれをアマネクテラス様のお力を借りて広めただけに過ぎないのです」


 そう言って微笑むネムに記者はその友人の名前を聞いたが、ネムは「本人が名乗り出ないのに、私がそれを語るなんて烏滸がましいでしょう?」と微笑むばかりで、結局最後までその名を告げることはなかった。


 故にそんな友人は実在せず謙遜しているだけとか、あるいはネムは真に神降ろしを成した誰かの代弁者として選ばれただけなどという色々な意見が出たが、ネムはどれ一つ否定も肯定もせず、六五歳で終導女になるまで精力的に活動を続けると、真実を胸に秘めたまま享年六七歳にて息を引き取ることになる。


 そんなネムの最後の言葉は「ああ、世界は本当に賑やかで……とても美しい」だったという。

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