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ヴァンパイア/ジェネシス(勘違い)  作者: H&K
第四章 紫の愚者編
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第67話 「ヨルムンガンド」

今回もいけるところまで更新していきます


「アルテミス殿、こちらへ」


 森を進むこと三時間ほど。

 途中、何度か休憩を挟みつつも俺たちは確実に深部へと歩みを進めていた。ロマリアーナの兵士に声を掛けられたのは四回目の休憩の最中のことである。


「? どうしました?」


 脇に立てかけておいた剣を手に取り、呼ばれるがままに兵士のあとをついて行く。彼はどうやらロマリアーナ側のリーダー格の人間らしく、ここに来てから周囲に指示を飛ばす姿がよく見られていた。


「休息の合間に斥候を飛ばしていたのです。するとそのうちの一人がこんなものを……」


 言われて、視線を兵士が指さす先に向ける。

 思わず「あ」と声が漏れた。

 そこは押し倒された木々と血の跡が転々とする、明らかに異常ともとれる空間が広がっていたのだ。


「恐らく魔獣が通った跡かと。見たところ負傷しているようですな」


 血のにおいをそっと嗅ぎ分けてみる。

 もとの身体よりかそういった感覚神経が敏感なおかげで、血に立ちこめる獣臭までハッキリと識別することができた。

 間違いない。

 これは報告にあった魔獣が残していった痕跡だ。


「血には決して触れないでください。呪いの類いを持っている種もたまにいます。それにまだ血が渇いていない。近くに魔獣が潜んでいる可能性は十分にありますから警戒を密に」


 ただ痕跡を見つけたからと言って出来ることはそれほど多くはない。

 当たり前のように注意を喚起し、当たり前のように予防策に努めるだけだ。


「私はこの痕跡を辿っていきます。もしもついてくるのなら少数精鋭でお願いします。大人数で獣の追跡は出来ませんから」


 さすがにそのあたりの分別はついているのか、リーダー格の兵士が反論を寄越すことはなかった。

 彼は何も言わぬまま、連れてきた兵士たちから何名かの名前を呼び出し、選抜隊の結成をはじめたのだ。


「さて、鬼が出るか蛇が出るか」


 ある程度の人員整理が終わり、都合七人のパーティーに再構成された俺たちは押し倒された木々と血痕の道を進み始めた。

 先ほどとは明らかに緊張の度合いが違うことを、背後に立つ兵士たちの雰囲気から察することができた。

 だからといって、気の利いたジョークが飛ばせるというわけでもないのだけれど。


「アルテミス殿は随分と落ち着いておられますな」


 ふと、リーダー格の兵士に声を掛けられる。

 彼もまた、他の兵士たちと同じように緊張感を纏ってはいるが、その度合いはまだ柔らかい。さすがに隊を纏めるクラスにもなるとそれ相応の実力があるのだろう。


「失礼、わたしはブラフマンと申します。しがないロマリアーナの一兵卒です。自己紹介がここまで遅れたことをお許しください」


 ありゃりゃ、さっきまでは随分とビジネスライクな御仁だったのに選抜隊になった途端に態度が軟化してしまった。

 どういうことなのか、と疑問に思っていたら彼の方から理由について説明してくれた。


「先ほどの中継地点に留めておいた人員の中に随分と口やかましい執政官がいるのですよ。本国の息が掛かっているのか、やれ『あの女から目を離すな』と五月蠅い五月蠅い。現場の人間からしたら、専門家であるあなたとの信頼関係が何よりも大事だというのに」


 ああ、そうか。全員が全員こちらに猜疑心を抱いているわけではないのか。

 そりゃそうだな。彼らからすれば、俺と連携がしっかりと執れるか否かで生存率が全然違うもんな。

 出来ることなら即席のパーティーとはいえ、信頼関係の構築はきっちりとしたいのだろう。

 そういうことならば、こちらから無碍にする選択肢などあるわけがない。


「そういうことでしたら私の方からも自己紹介させてください。私はアルテミス。姓は奴隷出身が故にありません。吸血鬼退治を生業にさせて頂いています。ここにいる全員が無事に帰還できるよう、尽力する次第です」


 どうやら俺の対応は間違っていなかったらしく、先ほどまでの他人行儀はなんだったのかというくらい、ブラフマンに選抜された六人それぞれが名前を教えてくれた。中には「こんなお美しい方と轡を並べられるとは何とも光栄です」と冗談を飛ばしてくる者がいるくらいだ。

 や、ごめんね。残念ながらこの身体の中身はアラフィフちょいのおっさんだよ。


「しかしあれですな。アルテミス殿は随分と現場慣れされていらっしゃる様子。最初、ロマリアーナの調査官と聞いたときはどんな『もやし』がくるのかとやきもきしていましたが、安心しました。しかも実力的に私たちが守られる立場になりかねない」


 剣すら抜いていないというのに、ブラフマンはそうのたまっていた。

 何、その強い奴ムーヴ。立ち姿だけで強者を見分けるとかそんな感じなの? 格好良すぎない?

 特にその浅黒い肌がたたき上げの上官という感じで、それっぽいやん。

 というわけで、エンディミオンからこちらにくるまでの空気感はなんだったのか、と言うくらい打ち解け合った雰囲気で探索を進めることが出来た。

 状況的には割と逼迫はしてはいるが、それでも心の持ちようというものは重要だ。

 深刻なときだからこそ、和気藹々とした調子が必要なこともある。

 ましてや即席とはいえ命を預け合う仲なのだ。

 反目し合っていても何一つ良いことなんてないだろう。

 仲良く出来るところは仲良くするべきだと、俺は考えていた。



/



「アルテミス殿、血痕はこの先に続いているようです」


 選抜隊だけで歩みを進めて一時間も経たないくらいだろうか。

 俺たちは足をぴたりと止めて、とある穴をのぞき込んでいた。

 ここまでそれなりに順調に進めてきた調査が、初めて淀みを見せた瞬間だった。

 穴の直径はかなり大きく、縦横十メートルくらいはある。ていうか、穴というより洞窟の裂け目だった。


「このあたりは白くて固い岩盤で覆われた地形ですが、時折こうやって地下へと続く裂け目が空いていることもあります。確か本国では白岩窟という名で呼んでおりました」


 そうか。ブラフマンの言葉で思い出していた。

 何か既視感があると思ったら、修学旅行先とかで何回か訪れていた鍾乳洞にそっくりなんだ。

 余り詳しくはないけれども、足下に転がる石の欠片も石灰石ぽい。


「……一応完全な暗闇を探索する装備は用意してあります。月の魔力が届きにくい地下ではありますが、何とかなるでしょう」


 森と違って、鍾乳洞の中までは月の魔力が届かない。だからこの世界の住人にとってはここから先は真性の暗闇と言うことになるのだろう。

 俺は魔の力で補っていた視力を通常の状態へと戻した。そして魔導具の一つ——というかただの長持ちする松明を取り出す。

 魔の力で見通せないなら、もう普通の視力で、火の明かりをたよりに進むほかないからだ。

 だがこの世界の住人である彼らたちは違った。


「急ぎ魔導灯を準備しろ。数は二本。残りは予備として残しておけ。おい、貴様と貴様の二人はこの入り口で待機しろ。今から二刻ほどで我々が戻らなければ先ほどの拠点に戻って救援を要請して貰いたい」


 ついさっきまでパーティーの間に流れていた親愛の雰囲気は消し飛んでいた。 

 それぞれが再強度の緊張感を持って、魔導具の点検、用意、装備を調えている。

 魔の力による視力と、通常の視力が扱えるようになった俺からすれば、そこまで仰々しく準備しなくても——、と思わなくもないが、彼らの視力は基本的に魔の力に依存している。つまり、魔の力の根源である月の光が届かない地底世界は真の意味での漆黒なのだ。

 魔の力を周囲に拡散し灯り代わりに使える魔導灯も、俺が松明で得られる光量には残念ながら遠く及ばない。

 つまるところ、彼らは命を脅かす魔獣がいるであろう洞穴に、殆ど視界を得られないというハンデを持って突入しようとしているのだ。

 さすがにそこまでの負担は掛けられるはずもなく、俺は剣を抜き刃を確認しているブラフマンに声を掛けた。


「——ここから先は私だけで向かいます。皆さんはここで待機を」


 当然のことだ。このパーティーの中で一番視界を担保することの出来る俺が単独行動に移行するのは理に叶っている。

 無駄な犠牲を生み出す要素は出来る限り排除するのは当たり前のことだし、もともとは俺に依頼された仕事と言うこともある。

 ここにいる彼らは言わばそれに付き合わされているだけであり、そこまで身体と命を張る必要はないのだ。

 けれども。

 目の前にいるこのブラフマンという男は俺の想像よりも遙かに義理堅い性格の人物だった。


「論外ですな。我々の役目をお忘れか。我々はあなたの監視に赴いたのだ。独断専行は慎んで頂きたい」


 まるで聞き分けの悪い娘を叱り飛ばす父親のような厳しい口調。 

 しかしながらその背景に見えるのはこちらの身を案じる誠実さと優しさだった。


「行きましょう。アルテミス殿。なに、我々もロマリアーナの一兵卒としてそれなりに過酷な訓練を乗り越えてきたという自負があります故。もしアルテミス殿から見て足を引っ張るようなことがあれば、容赦なく見捨てて頂いても結構。それが我々の誇りでありけじめであります」


 趨勢は定まったのだろう。

 兵士たち一人一人を見回せば、それぞれが確固たる意思を抱いた瞳を持っていた。

 ならばこれ以上とやかく言うのは無粋というもの。

 俺とて、はぐれ者で半端者とはいえ一端の武人としての矜持がある。

 彼らの意思を尊重しなければそれこそ侮辱にあたることくらい理解している。

 言葉はこれ以上重ねない。

 ただ松明を掲げ、先頭を進む。

 向かう先は何処まで続くかもわからない無限の鍾乳洞。

 鼻をつくのは手負いのどう猛な獣の香り。

 

 それでも、不思議と恐怖はなく。

 いつかこの世界に来たときから感じていた、未知との遭遇に対する好奇心が沸きだしていた。



/



 頬を水滴が打った。

 いつの間にか地下水流の脇を一列縦隊になって俺たちは進んでいた。

 足を滑らせ、地下水流に呑まれれば何処まで流されるかわかったものじゃない。

 それどころか二度と地上に帰ることの出来ない可能性すらあった。だが、魔獣が流したであろう血の跡は確実にこの道を通っている。

 危険だからと言って避けて通ることは出来ない。

 俺たちは本能の奥底から滲み出ているのであろう恐怖をぐっと堪えて、水気に塗れた石灰石の道を踏みしめていく。


「……水に濡れている所為か、魔導灯の照射範囲が小さくなっています。アルテミス殿、十分足下に注意してくだされ」


 ふと、ブラフマンがそんなことを言った。 

 松明の明かりで光源を確保している俺からしてみれば魔導灯の明かりの減衰など全く意識の範囲外だった。魔の力の作用で月の民に光を与える魔導灯は、雨の日のような水分の多い日には効力が減少してしまう。魔の力が水の中に存在できないという性質からくるデメリットだ。

 とことん月の民というものは地底世界との相性が悪い。

 異世界人としてこの世界にギャップを感じること自体が久々だったものだから、そこまで気が回っていなかったようだ。

 これは少しでも行軍速度を落とさなければ、と反省する。

 だからこそ、その空間を見つけることが出来たのはある意味で渡りに船のようなものだった。


「これは随分と大きな空間ですな」


 ブラフマンが感嘆の声を上げた。

 俺も言葉にこそしないが、その威容には静かに息を呑んでいた。

 地下水流の脇道を歩き続けること小一時間。急に開けた景色の先には、とてつもなく大きな洞窟空間が広がっていた。

 松明を頭上にかざしてみてもその天井を伺うことが出来ない。空間の四隅も同様で、記憶の中のグランディアがすっぽりと入ってしまいそうな巨大空間だ。魔導灯で照らされる範囲でも全容をはかることが出来ないのか、目に見えてブラフマン以外の兵士たちが狼狽えている。


「一度ここで体制を整えましょう。恐らくこの空間の何処かに、近くの村を襲撃した魔物がいる筈です。密集陣形を組みながら見張りを強化。30分ほどあとに探索を再開します」


 正直いって休息が必要なほど体力を消耗しているわけではないのだが、浮き足だった心を落ち着かせるための時間が必要だと俺は判断した。

 ブラフマンも同じ考えのようで、全員に一度装備を下ろすように命令を下していた。

 緊張状態を一度緩和しなければならないと感じたのだろう。


「しかしここはなんでしょう? 自然の要害にしては随分と大きすぎるような気が」


 俺と並び立って、巨大地底空間を観察するブラフマンが疑問を口にする。

 別に俺は地質学者でも何でもないので、ぶっちゃけ何もわかっちゃいないのだが、それとなくぽいことを口走っていた。


「太陽の時代の人間が作り出した遺跡とかどうでしょう?」


 うーん、前言撤回。

 完全にアホの子の答えだ。見た目が麗しい美女だから許されるきらいがあるかもしれないが、残念中身は五十路のおっさんなので完全にギルティだ。

 いや、しゃーないやん。

 こっちの世界に来てからと言うもの、知のステータスをあげるような機会も必要性もなかったものだから。

 けれどもこのブラフマンという男。随分と優しい性分なようで、俺の低IQ丸出しの発言に対しても明るいジョークでフォローを入れてくれた。


「成る程。だとしたらロマリアーナの本国に掛け合って本格的な探索隊を要請する必要がありますな」


 いいね。そういう心遣いが出来る男はよくモテるよブラフマン。実際俺から見てもいい男だしさ。

 それからしばらく。

 つかの間の休息でリフレッシュする兵士たちを尻目に、俺とブラフマンはつらつらと止めどない話をかわしつづけた。

 彼はどうやらロマリアーナの出身ではなく、そこに従属している衛星国の出身らしい。

 田舎の騎士の四男坊で、食い扶持も領地も与えられなかったため、殆ど出稼ぎみたいにロマリアーナの国軍に入隊したのだとか。

 

「ところでアルテミス殿は何故吸血鬼ハンターに? たとえ呪いを刻まれたとしても、吸血鬼狩りに身をやつす者は殆どいないと聞いています。私が聞く限りでは、そうやって手に入れた異能を傭兵や探検家などに活用していく人間が多いのだとか」


 と、いつのまにか俺の身の上を語る番になっていた。

 いや、別にそんな取り決めがあったわけではないが、それでも人の身の上話を根掘り葉掘り聞いてしまったものだから、このまま聞きっぱなしだとどことなく座りが悪い気がする。余り人に語ったことのない過去だが、別にこの人物なら話しても問題がなさそうだった。

 一応、アルテミスとしての人生のカバーストーリーも用意してはいたが、ここは俺自身の話をすることにした。

 もちろん、転移とかそういった関係の話は誤魔化すけれども。


「……私には吸血鬼に襲われ、呪いを獲得するまでの人生の記憶がありません。本当に気がついたら、一人原野に立っていた」


 嘘と真実が半分ずつの言葉。人生の記憶はある。それはこの世界ではなく生まれ故郷での世界での記憶だ。でも、気がつけば原野に立っていたのは本当のこと。


「そして何度も見た。吸血鬼が残していった破滅の跡を。一人当てもなく世界をさまよう間に、奴らが残した悲しみと怒りを見てきた」

 

 これは全て真実。この世界で生きていく基盤など何もなかった俺は数年ほど世界をさまよい続けた。その過程で数多の怨嗟と嘆きの声を聞き続けてきた。

 時には呪いを持っていた所為か仇討ちを請われることも多々あった。


「助けを求める全ての声に応えてきたわけではありません。時には見捨て、時には見て見ぬふりをしてきた。それでも手が届く範囲で、自分の力が及ぶのならばこの呪いを役立ててきた。力を振るってきました。——まあ、最近はちょっと寄り道気味なんですけれどね」


 ヘルドマンから赤の愚者討伐を欲求され、あまつさえ学園の講師になるなんて数年前には全く想像もしていなかった。

 かれもこれもここ一年以内で劇的に身の回りが変化している。良くも悪くも変わったイベントの多い毎日だ。

 取り敢えず、俺が語ることの出来る身の上話はこれくらいだろう。

 ここから先は俺本体の話になってしまい、身バレの危険性が高くなってしまう。イルミから疑念の目を向けられている可能性がある以上、気を配って配りすぎることはない。


「成る程、立派な心がけですな。さすがはロマリアーナの俊英と噂されるだけはある」


 俊英? なにそれ。初めて聞いた。

 多分、その言葉が表情に出ていたのだろう。こちらを一瞥したブラフマンが「ああ、」と言葉を重ねた。


「本国でもあなたの噂は随分と広まっております。何でも凄まじい実力を持つ吸血鬼ハンターがエンディミオンに訪れた——」


 ふと、ブラフマンの言葉が途切れる。彼は口を半開きのまま周囲を見渡していた。

 何事か、と声を掛ける愚かな真似はしない。

 何故なら俺も恐らくブラフマンと同じものを感じ取っていたから。

 吸血鬼ハンターとしての経験、勘、観察力が全て鋭敏に働いていた。


「ブラフマンさん、直ぐに兵を纏めて下さい」


 背中に括り付けていた剣を静かに抜く。手のひらには仮初めの体とは言え、びっしりと脂汗をかいていた。それだけ俺の生来の感覚が命の危機を叫んでいる。

 これは不味い。これは駄目だと警告を鳴らしている。

 ただ、ブラフマンもそれは同じようで、彼は石像のようにそこに立ち尽くしていた。危機を感じ取ることができてもそれに対処できるまでの意識がワンテンポ遅れている。

 だから内心「ごめん!」と謝りつつ、彼を思いっきり蹴飛ばした。

 流石はヘルドマン特製の人形。その力は鎧を装備した成人男性を意図もたやすく吹き飛ばす。


「アルテミス殿!」


「走って! 早く!」


 叫びと同時、何かが上から振ってくる。 

 超質量で落下した何かは、周囲の岩盤を抉り取りながら俺の元へと急接近。黄色く光る二つの目とこちらの視線が重なった。


「くっそ! だから嫌だったんだ!」


 剣で受け止めることなど到底不可能。そんなことをすれば戦車を生身で受け止めるのと同じ結果が待ち受けている。気合いで何とかなるレベルではないのだ。

 ならば、と一縷の望みを掛けてこちらに向かい来る影に跳ぶ。

 彼我の距離が縮まる中、視界の端ではブラフマンが全力で離脱を図っていた。一つの懸念材料が晴れた今、俺がやるべき事は何とか生き残ること。


「めっちゃこわいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい!!」


 饒舌な身体の所為か、内心ダダ漏れのまま影と接触した。だがその質量に押し潰される直前でいつかそうしたように——マリアのハンマーを回転しながら受け流したように、超巨大な影の上を転げ回った。途中、勢いを殺すためにボコボコとした硬質性の皮膚を必死に掴み取る。


「い、生きてる!」


 影は俺を見失ったのか動きを止めた。その為か余りにも巨大な首を持ち上げて、鎌首を持ち上げて周囲を見渡すように頭を動かす。

 少しばかり離れたところでブラフマン達が兵士達に命令を飛ばしているのが見えた。

 彼はしきりに「撤退する!」と怒声を飛ばしているが、こうなってはそれが最適解であることは明白だった。

 何せ兵士達は完全に戦闘意欲を消失している。周囲を明るく照らす魔導具を手にしたまま、立ち尽くしていた。

 光の余波が俺ごと影を照らした。


「うっそだあ」


 影の首の中程にぶら下がった俺からは、その全容がハッキリと見えた。下でこちらを見上げていいる兵士達にはもっと詳細に見えているだろう。

 さすがに異世界に来て五十余年。現代社会でははかり切れない化け物は沢山目にしたけれども、ここまでの大物は実に久しぶりである。


 そう。

 巨大な洞穴の奥、そこにいたのは。

 洞窟の巨大さに全く引けをとらない、馬鹿でかい蛇だった。


 地底での生活に特化したのか青白い鱗をしているが、その一枚一枚が俺の顔よりもでかい。不規則に生えた棘のようなものも規格外の大きさで、俺がぶら下がっていてもビクともしないことからその丈夫さは折り紙付き。

 あまりに大きく重たいためか動き回るだけでこちらをミンチにすることの出来る攻撃力。

 分厚く絶対こちらの剣なんて通らないだろうと確信させてくれる、金属のような鱗に覆われた防御力。

 何処をとってもスケールが違いすぎて、正直夢としか思えなかった。


「——絶対あかんやん。これ」


 情けない呟きは誰に漏らしたものだったのだろうか。

 ただ巨大な蛇は俺の嘆きなど何処吹く風。新しい獲物を見定めて舌をちろちろと凪いだ。その舌もあまりの大きさの所為かここまで空気を切り裂く音が聞こえてくるという出鱈目ぶり。


 俺は蛇の視線の先にいるブラフマン達に力の限り叫んだ。


「逃げろ! これは駄目だ! 地上に上がって全軍撤退を! 俺たちでどうにかなるやつじゃない!」

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