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ヴァンパイア/ジェネシス(勘違い)  作者: H&K
第三章 緑の愚者編
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第47話 「再開×再会」

 こんにちわ。アルテです。

 フリーランスの吸血鬼ハンターをやっています。

 ついこの間までは聖教会所属でしたが、いろいろあってクビになりました。

 今は暗殺教団に懲罰的に雇われて、吸血鬼探しをしています。


 というわけで、吸血鬼探しである。

 あれから一連の殺人事件に対する冤罪が晴れて、万々歳と思いきや、レストリアブールで大暴れした罪状までは回復していないらしい。

 まあ、もともと吸血鬼の仕業と言えば、俺の専門なのでそこまで嫌というわけではない。

 だが、せめて、ともに仕事をするメンバーくらいは選びたかったというのが、本音である。


「どうした。狂人。足が止まっているぞ」


 眼前に槍の穂先が突きつけられる。俺はそれを義手で掴んで、矛先を眼前から反らした。

 そう、こうしていちいち突っかかってくる(しかも割と攻撃的)なエリム君がともに仕事をするメンバーなのだ。

 彼には初日からどうも敵視されすぎているような気がする。

 いや、気がするは希望的な観測か。どう控えめに見ても敵視しかされていないだろう。


 彼と数人の暗殺教団の戦士たち、そして俺が吸血鬼探しのために抜擢されたメンバーだった。

 あ、あとイルミの使い魔である狼たちか。

 この人選は暗殺教団の中でもそれなりに発言力を持っているイシュタルが唱えたものだった。

 

 曰く、


「エリムはその戦闘力から外せませんし、吸血鬼を専門的に討伐して回っているアルテも同様でしょう。あとは腕利きの戦士を幾人かで、街を警邏してください。レイチェルとイルミちゃんはこの二人に戦闘力で及ばないため、ついて行かない方が無難かしら」


 まあ、納得の出来る理論だと思う。正直、あの吸血鬼相手にレイチェルがどうこう出来るとも思わないし、向こう見ずなイルミがいては、ますます暗殺教団との溝も深まりかねない。

 だがそのイルミは納得がいかなかったようで、イシュタルに食ってかかった。


「私もいくわ。邪魔にはならない」


 そう言って、魔の力をたらふく食わせた狼を召喚した。その場にいた暗殺教団の戦士たちだけではなく、エリムですら警戒心を高めるほどの体躯を誇った狼だ。正直言って俺も怖いし、その戦闘力も見かけだけではないだろう。

 何だかんだいって、本気を出せばなかなか恐ろしいちみっ子なのだ。

 けれども、


「なら狼だけお供につけなさい。あなたのその小さな体躯では足手まといにしかなりませんよ」


 と、言われてしまい、俺もイシュタルの意見には概ね賛成だったせいか、それに乗っかってしまった。


「お前を守りながらでは戦えない。レイチェルと二人で教団で待っていろ」


 まずった。と思ってももう遅い。イルミはそのおっきなお目々を信じられないくらいに見開いて、でもそれ以上文句も言わずに、一言「わかったわ」と告げてその場を去ってしまった。フォローを入れようにも、コミュニケーション能力皆無なこの体ではそれも敵わなかった。


「……あの子には私から何か言っておくよ。とにかく、怪我なく帰ってきてくれ」


 ため息交じりにレイチェルがこちらの肩を叩いた。確かに俺がどうこう言うよりも、レイチェルから慰めて貰った方がいいのかもしれない。

 と、そんなこんなでエリム+戦士たち+俺+狼というむさ苦しくて獣臭い一段が街の警邏に向かうこととなった。



     /



「ここが第一の殺人現場だ」


 警邏隊が向かったのは、最初に被害者が見つかった現場だった。そこは街の西側に流れている水路だった。


「この水路をまっすぐ行けば海につながっている」


 エリムがそう付け加えたことによって、俺は初めてこのレストリアブールが海に面していることに気がついた。

 馬鹿に広いと思っていたが、そんなところまで続いているのか。


「ここで再び何かが起こるとは考えにくいが、今日はこのあたりを回ってみよう」


 まあ、現場周辺を回るのは基本ちゃ基本か。

 俺は自分に付いてくる二匹の狼にビビりながら、ふらふらと周囲を散策した。時刻は深夜を少し回った頃。

 ここから少し離れた表通りの喧噪が聞こえてくるものの、水路の周辺はいやに静かだった。

 もしかしたら、殺人事件が起こった現場としてみんなが避けているのかもしれない。


「がうっ」


 狼の一匹が裾を噛んできた。思わずその場から飛び退きそうになるが、ぐっと堪えて狼を見下ろす。

 そう言えばこんな近距離で狼と見つめ合ったのは初めてかもしれない。


「どうした」


 問えば狼が前足でかりかりと石畳の地面を掻いていた。何か気になることでもあるのか、とその場を凝視するが、残念ながらなにもわからなかった。レイチェルのお陰で少しばかり魔の力を知覚できるようになったが、それでもまだまだ未熟なところがある。


「そこで死体が見つかったんだ。もしかしたらまだ血の臭いが残されているのかもな」


 何もわからないまま、じっと石畳を凝視していたら背後からエリムが声を掛けてきた。なるほど、ここが現場であり、狼は臭いか何かに反応したのか。


「次に向かうぞ、狂人。この水路を少し海側に歩いたところだ」


 どうやら余りのんびりと現場観察をしている暇はないらしい。まあ、一晩の間に街を手際よく警邏しなければならないのだから仕方がないか。とはいえ、俺たちだけでこの広すぎるレストリアブールを警邏するのはほぼ不可能なような気がするけど。その辺はあれか。俺たち以外の別働隊も活動しているのかもしれない。



     /



 アルテに拒絶されたとき、イルミが感じたのは無力感と悲しみだった。

 彼がこちらのことを嫌って拒絶したのならば、ただ絶望するだけでよかったのかもしれない。

 けれども此度の拒絶は、彼なりの気遣いを感じて取れる拒絶だった。

 だからこそ、イルミの胸は泣き出しそうなくらい痛かった。


 私は無力だ。


 部屋に戻ってそうそう、イルミはそんなことを呟いた。

 少し遅れて部屋に入ってきたレイチェルはその呟きをはっきりと聞いた。


「私が弱いから、私が役に立たないから、アルテに連れて行ってもらえない」


 弱音を吐き出しながら、イルミはベッドの上で丸まっている。その傍らにレイチェルは腰掛けて、静かにイルミの独白を聞いた。


「弱いのは薄々わかっていた。アルテの戦いについていけないことくらい、ずっと前からわかっていた」


 慰めなど求めていないのだろう。レイチェルの反応を待つことなく、イルミはぽつぽつと胸の内を明かしていった。そして、言葉を吐き出すたびに、瞳から止めどなく涙が零れた。


「少しばかり浮かれていたのかもしれない。アルテに必要とされていると知ったから、私は浮かれていたんだ。……私は馬鹿者だ。自分のことしか考えることの出来ない愚か者なんだ」


 最後の方は消え入りそうな声色だった。そしてそれっきりイルミは押し黙ってしまった。

 ぴくりとも動かなくなったイルミの背中を見て、レイチェルは瞳を伏せた。彼女はそっとイルミの元へと擦り寄る。

 それでも何ら反応を見せないイルミ。

 レイチェルは何も言わず、ただイルミを背中から抱きしめた。抱きしめて、銀色の髪を、頭を優しく撫でた。


「浮かれるくらいいいさ。アルテのことが好きなんだろう? 嫌われた訳ではないんだ。なら、君は泣くのではなくて、帰ってきたアルテを笑顔で迎えてやれば良いんだ」


 もっと抵抗するか、暴れるかとレイチェルは踏んでいた。最悪罵詈雑言を浴びせられるかもしれないとも覚悟した。だがイルミは大人しくされるままで、それどころか少しだけレイチェルに身を預けるようにした。


「……私、あなたのことが嫌いだわ。そうやっていつも私を諭してくるところが大嫌い」


 ただ、口を開いたと思ったら、嫌味だったことには苦笑してしまった。

 こういうところは決してぶれないな、とレイチェルはある意味で感心する。

 と、とりとめのないことを考えていたら、イルミが再び呟いた。


「でも、ありがとう」


 ともすれば殆ど聞き取れないような、囁きにも似た声色。レイチェルは思わずイルミを抱きしめていた腕に力を込める。

 それがきっかけだったのか、それまで大人しくしていたイルミが暴れ出した。


「離して。気持ち悪いわ」


「まあ、そう言うなよ。たまには女二人、ちょっとくらいじゃれ合っても罰は当たらないさ」


「やめて、ほんとやめて」


 二人のじゃれ合いはそれからしばらく、アルテが警邏から帰ってくるまで続けられたのだった。



     /



 一日目、二日目と、正直言って収穫はほとんどなかった。

 初日以降、イルミに妙にぎこちない笑みで迎えられるようになったが、レイチェルが何かしらフォローしてくれた結果なのだろうか。まあ、余り引き摺ってはいないようなので、今は良しとしておこう。


「いくぞ、狂人」


 そんな感じで警邏三日目。

 表だった収穫は何もないままに三日目である。

 今日は初日に回った水路とは別の水路を見て回ることになった。こちらは水路というよりも運河であり、いくつもの小舟が杭に括り付けられてぷかぷかと浮いていた。


「……昨日から宿に宿泊していた旅の商人が行方不明になっている。これは当たりかもしれん」


 そう。

 エリムの言うとおり、このレストリアブールで行方不明者が出ていた。だからと言って良いのか微妙ではあるが、警邏に向かう面々の士気は一日目、二日目よりも高い。

 まあ、どこにいるのかも--、暗殺教団にとっては存在するかもまだ疑わしい吸血鬼を当てもなく探すことに比べれば、そりゃあやる気も違うか。

 ここは前向きにとらえて、何かしらの進展があることを祈ろう。


 と、ポジポジで出発してから数時間。 

 警邏隊は何一つ手掛かりも掴めないままに、休息を取る羽目になっていた。

 かくいう俺も、暗殺教団から支給された保存食を食んで、ぼんやりと運河にも似た水路を眺めていた。


「わふっ」


 保存食の中にあった干し肉を二匹の狼に分け与える。この二日間で得たモノは、この狼たちの懐きだけかもしれない。

 イルミにそう命令されているのか、やけに狼たちが俺に従順だったのだ。

 こうして餌を与えようものなら、犬よりも太くて大きいしっぽを振り回して喜んでいる。


「飼い主に余り似ていないな」


 イルミのことは正直、今でもよくわからない。

 もともと彼女は、とある依頼の救出対象だった。赤の愚者を信仰する教団に捕らわれた一人の少女。

 それがイルミリアストリアス・A・ファンタジスタだ。

 第一印象は不気味だと思った。

 二匹の狼の魔物を影に縫い付けられ、地下牢で何とか生きていた。感情は稀薄で、俺とクリスに連れ出されるときも、なんら暴れることなく大人しく着いてきた。 

 自我を全く見せない、人形のようだと思った。

 それからしばらく、少なくとも半年くらいはその少女のことを忘れていた。個人的な討伐依頼が忙しかったこともあるし、青の愚者との戦いの傷を癒やしていた、というのもある。

 再会したのは、聖教会から突然呼び出しを受けたときか。

 グランディアで暴れ回った直後だったので、本部への出頭とはならなかったが、地方の支部に出頭しろとクリスが話を持ってきたのだ。

 すわ、追加懲罰かと警戒していたら、彼女を紹介された。

 半年経って随分と小綺麗になったイルミだった。彼女は拙い言葉で俺に連れて行ってくれと言った。

 どう答えたかは、あまり覚えていない。けれども断りはしなかったと思う。

 いい加減、数十年に及ぶ一人旅に嫌気が刺していたし、自分が救った少女がどう成長したのか興味もあった。


 ……互いにコミュニケーション能力が皆無だったお陰で、相互理解など夢のまた夢であったけれど。

 

「いや、その心の内を見せてくれないところは、似ているのかもな」


 残された干し肉を狼にすべて与えて、こちらは固いパンを口に頬張る。

 そうだ。今、こう餌に喜んでいる狼も、俺に着いてこれないことを嘆いたイルミも、その心の内は明かしてくれない。

 彼女は恐らくこちらのことを好いてくれていると思う。

 けれどもその確信を持てないくらいには、冷たい対応をされることもある。

 思春期特有の情緒の波だと言えばそれまでだが、どうしても内面を読み切れないことが多い。


「……難しいな」


 年頃の子供を持った父親のような呟きだが、幸いにしてそれが周囲に悟られることはなかった。

 狼が声色に反応して、干し肉から面を上げただけだ。

 黄色い瞳と目が合う。

 

 いや? 目は合っていない。こちらを見てはいるが、こちらを見ていないような……。


「がっ!」


 低い唸り声で狼が吠えた。それは肉を貰ったり、俺の裾を噛んでいた時の親愛は感じられない。

 この感じはいつも見てきた。

 敵を、己の主人を害する敵を殺すときに発する、殺意の声だ。

 そしてそれは俺に向けられていない。


 脇に置いていた黄金剣を引っ掴む。

 それを待ったわけではないのだろうが、一拍置いて狼が駆け出した。

 エリムや暗殺教団の戦士たちが怒声をあげる。けれどもそれをいちいち聞いている暇なんてない。

 獣特有の恐るべきスピードと俊敏性で、狼は水路を駆け上がっていく。ぽつりぽつりと浮かぶ小舟すら足場にしながら狼は目指す先へと進んでいく。俺も、何度も障害物に足を取られながら必死にそれに着いていく。

 数分ばかり全力疾走をした。

 吸血鬼の呪いを持つ肉体のお陰か、息は上がっていない。だが全身に残される疲労感は誤魔化しようがない。

 いけるだろうか、と剣を構える。


 いや、いけると自答する。


 剣の切っ先に人影が映る。どこかで見たことのある人影だ。

 白い仮面に恵まれた体躯。そして犬でも何でもない、人間の鼻でも感じる腐敗臭。

 それは余りにも血を浴びすぎたことの代償なのか。

 だとしたらその代償は、連鎖は断ち切らなければならない。

 今日、この場で。


「……まさかこんなに早く嗅ぎ付けられるとは思わなかったぞ」


 人影の足下に何かが転がっている。壊れた噴水みたいに血を吹き出すそれはもの言わぬ死体。

 そこから流れ出した鮮やかな赤が、こちらの靴を汚した。


「お前のお陰で、随分な目にあった」

 

 こちらの言葉と同時、人影が--、吸血鬼が短剣を構えた。


「なら、その悩みは今日で終いだ」


 短剣に俺が映っている。奴から向けられる殺意が身を突き刺す。

 こんな相対の仕方は何度だって経験してきた。そして何度だって生き残ってきた。

 死にそうになったことは十や二十ではきかない。でも心が折れることはなかった。


 原風景は正義感と怒り。


 目の前で繰り広げられる理不尽が許せなくて戦い続けた。正義感と怒りを原動力に戦い続けた。

 そしてそれは今日も変わらない。


「いや、悩みは終わらないよ。お前という悩みが消えても、俺はまだまだ悩み続ける」


 


 


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