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異世界恋愛

婚約破棄ですね? それでは請求書のお時間です!

作者: 冬野ほたる



「リーナ・マグリッド! 貴女(あなた)との婚約は破棄させてもらう!」


 リーナ・マグリッドは思わず大きく目を見開いた。怒りの形相で目の前に立つ王太子──ルブラントを穴の開くほどに見つめる。


 ここは貴族の子女はもちろんのこと、能力を認められた平民も通うことを許された、シャムシェイル王国の王立学園。


 リーナ・マグリッドは王立学園に通う侯爵令嬢であり、シャムシェイル王国王太子の婚約者。そして──乙女ゲームの悪役令嬢に転生してしまった少女である。


(あわわわわ……ついにきちゃった!  ここから乙女ゲーム『ホワイト・ブライト・ブライド・マギア』の婚約破棄イベントが始まるのね……)


 今は卒業舞踏会の真っ最中。


 本来ならばこのイベントは、リーナを断罪するための演出となる。リーナは『正ヒロイン』を虐げた罪にて国外へと追放されるのだ。

 リーナを追放した(のち)に、元婚約者の王太子ルブラントは『正ヒロイン』──メイリーンと結ばれる……はずだった。

 

 平民出身のメイリーンは光属性の聖女。数百年ごとに現れると伝えられている『聖なる乙女』の力を宿している。


 『聖なる乙女』の力は、国に繁栄をもたらすと云われていた。ルブラントは王太子として、王立学園に通うことになったメイリーンを気遣って世話をするうちに、恋に落ちる……という設定だ。


 しかし、ルブラントの婚約者であるリーナはそれを赦すことができない。

 リーナはメイリーンにあの手この手の嫌がらせを始める。最初のうちはリーナの取り巻きを使い、持ち物や筆記用具を隠すなどをしていた。そのことを知ったルブラントに(いさ)められると、嫌がらせは収まるどころか逆に、さらに陰湿さを増していった。


 最終的に学園の階段の踊り場にてメイリーンを突き飛ばしてしまうリーナ。階段を転がり落ちる寸前にメイリーンはルブラントに助けられる。そしてこれが決定的な出来事となる。

 学園の卒業舞踏会において、リーナはルブラントに婚約破棄と国外追放を告げられて断罪される。

 リーナの嫉妬はリーナ自身を滅ぼすことになったのだった……。

 というのが本来のゲームのシナリオ。


 だが、()()リーナは知っている。

 通称『ホワブラ』のこの世界。ゲーム通りには進んでいない。


 なぜならばリーナは、生来のうっかり気質にくわえての根っからのお人好し。悪役令嬢になるなんてとてもとても畏れ多い。人の嫌がることはしない。それが転生前からの座右の銘。

 そして、その性格のせいでゲームにバグを起こしてしまっていた──。


 ルブラントはリーナに指を突きつける。


「リーナ! きみはメイリーンに嫌がらせをしていたそうだな!」


「そんな……」


(いや、それが挫折したんだよね……。むしろメイリーンとは昨日も、同じ転生仲間として人生について語り合っちゃったし)


 リーナだってゲーム通りの悪役令嬢になろうと一応の努力はしてみたのだ。


 根っからのお人好しを発揮したリーナ。メイリーンとルブラントが幸せになれるのならば「それでもいいかな」とも思っていた。ホワブラの世界で悪役令嬢として生きて、たとえ断罪イベントのあとに国外に追放されてしまうとしても。リーナの転生前は一般庶民。追放されて平民として生きていくのにも、なにも困ることはない。 


 ホワブラのゲームシナリオそのままに進めるためにも、一大決心の末にメイリーンに嫌がらせをしようとした。

 しかし……メイリーンはとてもいい()だったのだ。


 (うっ……。こんないいコをイジメるなんて……。 やっぱりわたしにはできない!)


 リーナの決心が脆くも崩れさった瞬間だった。

 その(のち)にひょんなことからメイリーンも転生者だと告白され、さらに仲良くなった。


 そのメイリーンといえば「ち、ちがうんです殿下!  リーナ様はとても優しくて……!」と、これまたゲーム通りにはいかない、シナリオ想定外の全力かばいモードでルブラントに応戦中。


 不穏な展開に、観客の生徒たちのざわめきは収まらない。どころか、さらにザワザワの輪は広がっていく。

「え? なにこれ?」「どうなってるの?」「ルブラント殿下の暴走?」


 周囲の反応に、リーナはため息をついて考えた。

 このままではルブラントのほうが悪役王太子になってしまう。それに、リーナとルブラントの婚約が白紙に戻らなければ、メイリーンとルブラントは結ばれない。まあ、メイリーンがルブラントを選ぶかどうかは……彼女次第なのだが。


 メイリーンとはもはや親友の仲。

 それに比べてルブラントとは、表向きの婚約者というだけの関係。(ゆえ)に婚約に未練などこれっぽちもない。卒業舞踏会では断罪されることもわかっていたうえに、リーナのタイプでもなかったからだ。


 それでもリーナは三年ほどは婚約者としてルブラントと伴に過ごしてきた。

 今回のような早とちりはたまにキズだが、ルブラントは友人としてはそう悪い人でもなかった。悪役王太子にされてしまったら、廃嫡されたうえにメイリーンとも結ばれないのかもしれない。


 それはちょっと可哀想だ。


(……どうしよう。ええい、しょうがない。こうなったら逆に乗っかるしかないよね)


「殿下。では、こちらからも申し上げますわ」


 リーナは精一杯の笑顔をつくった。


「な、なんだ?」


 ルブラントはリーナの謎の笑みに、なんだか困惑している。


「婚約破棄――承知いたしました! その代わりに退職金として『婚約者手当三年分』を請求させていただきますわ!」


「なっ!?」


 ざわっ――


 会場がさらに騒然とする中でリーナは続けた。


「ええと、慰謝料と合わせて、婚約者としての品位保持代、殿下の取り巻き様たちへの差し入れ代、魔術論文の代筆料……そのほかもろもろ。全部つけで請求いたします」

 

「はっ……!?」


 ルブラントは顔を真っ赤にして、目を白黒させた。その隣でメイリーンは唖然と口を開けている。


 後方では財務官僚志望の生徒たちが感心したように大きく頷いていた。手帳を開き、なにやらメモを取っているどこぞの子息もいた。




 こうして、リーナとルブラント王太子との婚約破棄は無事に完了した。


 あの日。王立学園では新たな伝説が生まれたという。

『婚約破棄された侯爵令嬢、満面の笑顔で請求書を叩きつける件』

 少なからず尾ヒレがついて誇張されている部分はあるものの、これから永く、王立学園に語り継がれていくことになる。


 


 その(のち)──


 リーナは国外追放になることもなく、退職金の『婚約者手当三年分』を無事に領収した。そしてあの時に、後方で手帳を開いていた生徒 ── 侯爵子息に、なぜだか求婚をされている。


 メイリーンはルブラント王太子に熱烈に求婚されているものの、まだまだ決めかねている。


 リーナとメイリーンの仲は相変わらず。よき転生仲間であり、親友だ。

 今日も今日とてリーナとメイリーンは、お茶とお菓子を楽しんでいる。話題はもっぱらお互いの転生人生についてと、シナリオが変わってしまったホワブラのこれからのイベント予想だ。


「ねえメイリーン。恋愛イベントよりも経済イベントのほうが面白いと思わない?」

「リーナ……。それはもう乙女ゲームじゃなくて、経営シミュレーションですよ~!」


 ――異世界転生令嬢リーナとメイリーン。

 二人は今日も平和にバグってます。









読んでくださってありがとうございました。

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作製コロンさま
― 新着の感想 ―
>「ねえメイリーン。恋愛イベントよりも経済イベントのほうが面白いと思わない?」 >「リーナ……。それはもう乙女ゲームじゃなくて、経営シミュレーションですよ~!」 まぁ、ゲーム内ミニゲーム、サブクエス…
私が書いた「婚約破棄?ありがとうございます!では、お会計金貨五千万枚になります!」と内容が酷似していてびっくりしました! こんなこともあるんですね!!
馬鹿王子以外なにやってんだおめぇ!(例の顔)になってたやろなぁ
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