43話 脂がのっている
間に合った
11層のボスを倒してもまだまだ余裕はある。
「次も行けそう?」
修は次の階層に向かっても大丈夫かと、ポーラに問いかけた。
「はい。問題ありません」
ポーラはやる気満々で頷いた。
リュックも余裕があるので、上に行っても問題は無いだろう。
「じゃあ行ってみようか」
「はい!」
12層はいつかと同じく、地面がぬかるんでいた。
それだけでなく、ところどころに小さな水たまりがある。
むしろ水たまりと言うより、小さな沼と言った風だった。
「ぬかるんでるね」
修が地面の堅さを確かめる様に足踏みをする。
「・・・確かに歩きにくいですね」
ポーラも足踏みをした後、軽くステップをして調子を確かめていた。
ポーラが感覚を得るまで少しその場に留まり、ポーラが修に頷いてきたところで進み始めた。
「む・・・?」
少し歩くと、修は鼻を鳴らして顔を歪めた。
「・・・ぅ」
ポーラは鼻を覆って不快げに眉を寄せていた。
猛烈に生臭かったのだ。
「・・・?」
修が一つの沼を見た。
すると、沼にぽこぽこと気泡が溢れて来た。
そして、すぐにざばっと音を立てて、魔物が現れた。
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LV.12
マーマン
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まず第一に、手足がある。
人間と同様の。
肌は青白かった。
良く見れば、全身に鱗がびっしりと生えている。
そして、濡れ切った着流しをべったりと鱗に張り付けていた。
顔は秋刀魚だった。
そして腰に、長い物を携えていた。
「・・・・・・・・・」
修の眼と、魚の目がばっちりとあった。
その目からは、何ら感情が読めることは無かった。
そして、それよりなによりも、生臭さが増していた。
「・・・生臭いです」
ポーラは辛そうに鼻を押さえていた。
修ですら厳しいのだ。
鼻の良いポーラには辛いだろう。
「ポーラにはきつそうだね」
ここはポーラに戦わせるのは酷かと修は考えた。
「いえ、戦う分には問題ないです・・・」
しかし、ポーラは気丈にもそう言い放った。
とはいっても、慣れるまでに多少時間は必要だろう。
「まずは俺がやるよ」
それに修も試したいことはある。
まずは修が進み出た。
ぺたぺたと歩み寄って来るマーマンに、修は右手を伸ばした。
「ファイアシュート!」
火球が飛ぶ。
マーマンにぶつかり、火炎が上がる。
しかし、炎が消えても中から普通にマーマンは現れた。
良く見れば鱗が多少焦げてはいるが、そこまでダメージを与えれていないないようだ。
足取りもまだしっかりしている。
そして何故か服が乾いている。
「ファイアランス!」
修の手から、火炎の槍が飛び出した。
その槍はマーマンに突き刺さると、腹に風穴を開けた。
同時、爆発の様に火炎が広がる。
みるみるうちに、マーマンの影が小さくなっていった。
火炎が消えるころには、マーマンも消えていた。
「いけそうだね」
修が満足そうに呟いた。
威力がどえらい上がっている事が嬉しいのだ。
生臭い匂いも、香ばしい匂いに変わっていた。
マーマンが居た場所に、秋刀魚が一尾、ぽつんと落ちていた。
脂が乗っていていそうである。
「・・秋刀魚」
修は訝しげな顔で秋刀魚の尻尾を掴んで持ち上げた。
「美味しいらしいです」
ポーラが教えてくれた。
あれから取れたと考えると、食べるかどうか微妙なところだ。
あの生臭さがとてもダウトだ。
しかし、
「これは臭くないね・・・」
修が秋刀魚に鼻を寄せた。
とても瑞々しいが、何故か生臭くない。
「はい」
ポーラは当然と言った風に頷いた。
修は首を傾げながら、リュックに秋刀魚を放り込んだ。
やはり、水漏れはしなかった。
二匹目は、修が接近戦を挑んだ。
ある程度近づくと、マーマンは腰にあるものを抜いた。
でろりとぶら下がるそれを、修は訝しげに見つめる。
見覚えはあった。
「・・・・・・・・タチ、ウオ?」
どう見ても生魚だった。
マーマンは、それを振りかぶって襲い掛かって来た。
「セイッ!!」
修の拳がタチウオごとマーマンの頭を粉砕した。
三匹目からは、ポーラが相手だ。
「行きます」
まだ多少辛そうだったが、ポーラはやる気だった。
「気を付けてね」
修もいつもより心配していたが、まずはポーラに任せることにする。
「はい!」
ポーラは剣を抜いて駆け出した。
ぺたぺた、と瑞々しい足音を鳴らすマーマンに一直線に駆ける。
マーマンは腰からタチウオをでろりと抜いた。
そして、駆け寄るポーラに向け、タイミングを合わせてタチウオを振り抜いた。
ポーラは駆けながら、盾を構えた。
ギィン!
ポーラの盾と、タチウオが激突した瞬間、火花が散って金属音が響いた。
「何っ?!」
修が愕然とした。
マーマンが振ったのは、どう見ても、ただのタチウオの死体だ。
何故固い音が鳴るのだ。
まさかタチウオを模した剣なのだろうか。
しかし、あのだらりと垂れる姿はどう見てもただの魚だ。
修が混乱している間にも、戦闘は続いている。
「はっ!!」
ポーラがタチウオを弾き飛ばし、剣を振った。
ポーラの剣戟は、まずマーマンの額に突き刺さった。
次に首筋に、最後に弾き飛ばされたタチウオに叩き込まれる。
マーマンはぶるりと震えるだけで済んだ。
が、タチウオは真っ二つになった。
タチウオの上半身が吹っ飛び、虚空でふっと消えた。
「あ」
修がそれをみて呟いた。
マーマンの手から、タチウオの下半身も消えていた。
武装の無くなったマーマンに、ポーラが畳みかける。
「ふっ!」
猛烈な勢いでマーマンの顔に剣が叩き付けられていく。
全て顔面狙いだ。
ポーラさんまじえぐい。
このままマーマンは果てる。
修はそう思っていた。
しかし。
マーマンが苦しげに、懐に手を入れた。
そして手を出すと同時に、何かをポーラに向けて投げ放った。
「っ?!」
ポーラは驚きながらも、それを回避した。
そして怯むことなく、連撃を再開する。
ポーラが避けたそれが、修の足元に突き刺さった。
「サンマ・・・」
秋刀魚だった。
冷凍してあるのかと聞きたいくらいの硬度で、修の足元に深々と突き刺さっていた。
まるで棒手裏剣だ。
しかし、それが切り札だったのだろう。
「はぁっ!」
マーマンは、ポーラの唐竹割を喰らい息絶えた。
そして後には秋刀魚が残った。
当然、固くない秋刀魚が。




