119話 激しいわ
ポーラは悩みに悩んだ末、チョーカーを外してチェーンを巻いた。
普段は指に指輪をはめて、いつでも首から提げれるようにするつもりなのだ。
そして暇さえあれば指輪を見ている。しかも、だらしなく笑ったり、突然涙ぐんだりと忙しい。
そんなポーラさんも、迷宮ではそんなことはしない。
しかし指輪を首から提げて、胸の谷間に落とすとあら不思議。
どんなに動いても、邪魔になることは無いのである。
便利なポケットである。
ミラードラゴンの剣の代わりに、ゴッドソード・改を持った。
ポーラの利き手は右手の為、左手に持つ形だ。
魔法を叩き返すのは左手で行っていたので、魔法を叩き切れる方をそのまま持ったことになる。
それと、力を込めずともスパスパ切れるので、右手で持つ必要はないのだ。
修理中だし。
ちなみに訓練の一風景では、修はゴッドソード・改を普通に掌で受け止めた。
神が見ていたら凹んでいただろう。
流石にポーラさんも、
「ええ!?」
と仰天だ。
おかげで、それ以降は全く手加減せずに攻撃してくれた。
これぞ、訓練である。
問題は、ポーラとカファの訓練だ。
ミラードラゴンの剣をぶった切れるくらいなので、とても盾には攻撃できない。
鞘に納めて戦うと言うことになった。
そんなこんなで、35層。
ここは普通の迷宮だった。
そこにいた魔物は、美形の男だった。
とにかく美形だった。
もうむやみやたらに美形だった。
真っ白な肌に真っ赤な唇が良く目立つ。
開襟のシャツにズボンを履いていた。
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LV.35
リップ
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良く分からん名前だ
「…?」
首を傾げる修に、リップが静かに歩み寄って来た。
一体どういう攻撃をしてくるのだろうか。
興味を覚えた修は、取りあえず待ってみることにした。
間合いに入り、更に近づく。
攻撃されたら普通なら避けきれないだろう距離だ。
しかしリップは攻撃してこない。
リップは突然眼を閉じた。
そして軽く背伸びして、唇を突き出してきた。
修の口に向かって。
「ほわぁ!?」
流石の展開に修は叫び、頬にビンタを叩き込んだ。
パッチコーン!!と言い音が響き。
リップの首から上が消滅し、体が地面に崩れ落ちた。
「あっぶねぇぇぇぇぇえええ!!」
修は冷や汗だらだらだ。
リップはとても美形だが、♂である。
おっぱいマイスターの修の守備範囲外だ。
チンッ、と金属音が鳴った。
修の後ろで、剣を鞘に戻したポーラが居た。
まさかの展開に、思わず抜きかけたのだ。
ドロップは『口紅』。
情熱的な赤だ。
開けてみたが未使用だったので、一応回収しておいた。
リップはキス魔である。
ただの変態かと思えば、そうでもない。
体力とか魔力とかが吸われるのだ。
更に恐ろしいことに、リップよりもレベルが低い場合は魅了されてしまうことすらある。
そうなると、男も女も関係なくマウストゥマウスだ。
こいつよりもレベルが高くても、見惚れたりすると危ないほどだ。
もしこいつのボスが迷宮から出てきたら、恐ろしい被害を出すことになるだろう。
普通に死人が出る。
生き残っても、精神に傷が。
しかし修は、如何に美形でも♂は範囲外だ。
ポーラは修に夢中で、カファはそもそも容姿は気にもしない。
このレベルなら、全く問題は無かった。
二匹目は、ポーラが一人で相手をすることになった。
修の唇を奪われかけたので、一度そっ首叩き落さねば気が済まないのだ。
二匹目に出会うと、リップは先頭に立つポーラを見て、
「見つけたよ子猫ちゃん」と言う顔をした。
「やります!」
静かに歩み寄るリップに、ポーラが駆け出した。
リップはそのポーラを見て、「ふふ、そんなに慌ててどうしたんだい、子猫ちゃん」と言う顔をしている。
ポーラが近づくと、リップは迎え入れる様に両腕を開いた。
「この胸に飛び込んでおいで」と言う顔をしていた。
「せいっ!!」
右手の剣から炎の斬線が飛び、唇を伸ばしかけているリップの顔面を焼いた。
更に左手の剣が金色の軌跡を描き、リップの首筋に叩き込まれた。
そしてあっさりと、振り切られた。
「…!?」
振り切ったポーラがびっくりしていたくらいだ。
見ると、リップの首から上が無かった。
一刀で叩き切れたのだ。
しかも、抵抗は全く無かった。
さすがのゴッドソード・改。
後には、濃紫の口紅が落ちていた。
親方の女将さんにプレゼントすべきか。
三匹目からはいつも通りだ。
とはいっても、やろうと思えば一刀でやれることは分かったので、じっくりやればいい。
接敵すると、カファが盾を構えて進み出る。
「おやおや、恥ずかしがり屋かいハニー?」と言う顔でリップがカファに歩み寄って来るが、カファは相手の顔は見ていないので気にもしない。
歩み寄るリップは、ある程度近づいたところで突然眼を見開いた。
「……?」
突然動揺した気配を感じて、カファはちらりと盾から顔を覗かせて、リップを見た。
リップは、走っていた。
カファに向けて一直線に。
それを見て、カファは盾を構えた。
突進されると考えたのかもしれない。
リップが盾に激突した。
顔面から。
「わぁぉ…」
痛そうだ。
しかしリップは全く怯まず、ぐいぐいと体を押し込んで来る。
カファは平気な顔で押し合いをしている。
「……ん?」
しかし様子がおかしい。
修とポーラが目を凝らして見つめた。
「「ッ?!」」
そして気付いた。
リップの目にハートが浮かんでいる。
深夜の、どうしようもなくなったポーラさんと同じ目だ。
そして顔をぐりぐりと盾に押し付けている。
カファの盾は、実になめらかな表面をしている。
ミラードラゴンの鱗の効果か、巨大な姿見のような形だ。
リップから見れば、自分の姿が浮かんでいたことだろう。
とんだナルシスト野郎だった。
修とポーラが衝撃に震えている間にも、リップは段々と動きを激しくしていく。
カファも盾から手を離し離れた。
リップはがらぁん、と音を立てて鳴らした盾に圧し掛かりぶっぢゅぶっぢゅとキスを繰り返す。
>そっとしておこう
修の頭にそんな選択肢が出た。
しかし、カチャカチャとベルトの音すら鳴らし始めるリップのそっ首を、ポーラが斬りおとした。
盾を放っておくわけにもいかないのだ。
帰ったら盾は良く洗おう。
平気な顔をして盾を持ち上げるカファに、修は戦慄の視線を向けた。
修達にとっては、リップは非常に楽な相手だった。
カファが先頭に立つだけで、もう相手は自分の姿にメロメロになる。
PTによっては苦戦必至なのだが、鏡を持っていけばいいのだ。
帰ってギルドに情報を流すと、とても感謝された。
口紅も、ご婦人方が喜んでいらっしゃった。
ポーラは一つも確保せずに、売っていた。
元々素晴らしい唇なので文句のつけようは無いが。




