106話 正義とは
修は一人、暗闇を駆けていた。
とんでもない速度だ。
上半身は腕を組み、微動だにしていないのに、足は目に見えぬ速度で動いている。
そんな状態で修は、目を閉じていた。
瞑想し、神の元へと意識を飛ばしているのだ。
走りながら寝ているとも言う。
慣れたもので修の目の前に神が現れた。
神は頬を腫らしていなかった。
もう治癒したのだ。
「ねえねえ、ゼガンとディーボって人やっちゃっていい?」
修は実に単刀直入に神に聞いた。
居眠りかけっこは危険なので、早く意識を戻さねばならないのだ。
危険なのは、主に修以外だが。
「え、いいですよ?それよりも見てくださいよこれ!聖剣!!ゴッドソード!!凄いでしょ神々しいでしょ!?いやー、前から作りたかったんですけどね?中々デザインが決まらなくて…」
神は完全にどうでもいい話題で一人盛り上がり始めていた。
殴られたことすら全く反省していない。
修は呆れた顔で、神が持つ剣をちらりと見た。
マジでカッコいい。
神の神々しさが、剣からも発せられていた。
修の心が激しくときめいた。
「かっけえええええええええええええええええええええ!!!」
思わず叫んでしまった。
「でしょ!?でしょ!?でしょぉ!?さあ、あとはこれをどうやって下に送るか…」
神は、地上にゴッドソードを送る方法でうんうんと悩んでいた。
こんなことに悩むなよ。
修はとても気に入ったおもちゃを見る目でゴッドソードを見ていたが、誘惑を振り切って意識を戻した。
もう何でもありである。
「あっちゃ~」
案の定、ちょっと山を貫通していた。
修、ちょっと反省。
そして修は加速した。
そして間もなく、ゼガンの街に辿り着いた。
屋敷の特徴とかはカマンから聞いているので、修はするするとディーボの屋敷に潜入した。
でかいし悪趣味だから、すぐにわかったのだ。
そして完全に気配を殺し切り、帳簿を漁る。
出るわ出るわ不正経理。
実に大量だった。
これだけで首をキットカットできそうだ。
次に修は、ゼガンの屋敷を探す。
こちらも領主なので、すぐに発見できた。
屋敷を確認した修は、今度はゼガンの街を抜け、森の中に入って行った。
そしてゼガンの屋敷の中で。
「お主も悪よのぅ」
「いえいえ、ゼガン様ほどでは」
スゲーそれっぽい会話をしている大人たちが居た。
ディーボとゼガンだ。
二人はしばらく怪しい笑いを合唱させた。
その後、ゼガンがディーボに向かって問いかけた。
「しかし、結果はまだなのか?小僧一匹程度だろう」
修が邪魔になり、ディーボにそれとなく依頼を出してから、かなり日数が経つ。
修が色々したおかげで、ファウスの街に人が集まりつつあるのだ。
目障りなことこの上ない。
そろそろ結果が欲しい。
しかしそれは、ディーボにとっても同様だ。
カマンが修の恩恵で得た利益をたらふく入手している。
惜しげも無く豪快に、街の為にその金を使っているようだが、こちらの街に届く金は微量だ。
どんどん差をつけられてしまう。
「少々お待ちくだされ。たらふく刺客を送り込んでおります。強いと噂ですが、所詮は小僧。今も30層程度で立ち往生しているそうです。すぐに結果などー」
ディーボが悪い笑みを浮かべたところで、突然乱入者が現れた。
「ディ、ディーボ様ぁ!!」
全身黒づくめの、見るからに暗殺者だ。
「ッ?!なんじゃ貴様!?無礼であるぞ!!」
ディーボとゼガンは慌てた。
表立って暗殺者に会うのは不味い。
例え公然の秘密だとしても、だ。
無関係を装おうとしたが、
「あ、暗殺ギルドが、か、壊滅しましたぁ!!」
暗殺者の悲痛な声で、それどころではなくなった。
「「何ぃ!?」」
ディーボばかりゼガンまでもが目を剥いた。
「ど、どういうことじゃ!?」
ディーボが慌てて詰め寄った。
「わ、分かりません!!よ、良く分からない謎の男が現れたかと思うと、い、一瞬のうちに建物が…!!」
暗殺者も錯乱しているようで、呼吸が激しく乱れている。
ゼガンの顔色が悪くなった。
「ま、魔物か!?」
まさか迷宮から飛び出したのだろうか、とも思った。
「わ、分かりません!!」
しかし暗殺者には分からない。
ゼガンはギリギリと歯を食いしばった。
「ふっふっふっふっふ!」
そこに、突然笑い声が聞こえて来た。
扉の前に黒い影があった。
一瞬前まで、そこには何もなかったはずなのに。
「な、何者だ貴様っ!?」
ゼガンは慌てて剣を抜いた。
腐っても領主。
中々にできるのだ。
「こ、こいつですっ!!こ、こいつがギルドをー!!」
暗殺者の声が裏返った。
「お前達の話は全て聞いた!覚悟しろ悪漢どもめ!!」
そこに居たのは当然修だ。
しかし、どうみてもただの全身黒タイツだ。
何故か首にお守りだけばぶら下げられている。
『隣の隣の街の領主をぶっ潰してくるよ』、とポーラに告げると、ポーラは当然の如くついて来ようとした。
そのポーラを説得すると、ポーラが涙ながらに渡してくれたものだ。
中身は修は知らないが、ポーラさんの下の毛が入っている。
紳士が知れば、命がけで狙ってきそうな逸品である。
更には顔まで覆う全身黒タイツ。
修、まさかの変態への第一歩である。
しかも修、ノリノリである。
修の心の中では、格好いい特撮ヒーロー的な感じなのだ。
ポーラが見たら卒倒してしまうかもしれない。
あるいは受け入れるか。
突如現れた変態に恐れ戦きながら、ゼガンが叫んだ。
「うおおおおお!?な、舐めるなよっ!!」
剣を構え、修に向けて駆ける。
「とぅ!!」
修は跳んだ。
「ぬおぅ!?」
ゼガンは上を見上げた。
見上げた瞬間、既に目の前に足の裏があった。
「ラ○ダー○ック!!」
修は特撮もいける口だったのだ。
ゼガンの首から上がさよならした。
「ひっ!!」
そして逃げようとした暗殺者も。
「○イダーチョップ!!」
「は?」
未だ何が起きたか理解できていないディーボも
「ライ○ーパンチ!!」
息の根を止めた。
静かになった部屋の中、修は感慨深く呟いた。
「…悪は滅びた」
心の中の特撮の役になりきっているのだ。
そこに、ドタドタとあわただしい足音が聞こえて来る。
そしてドアが乱暴に開け放たれた。
そこに立っていたのは、若い兵士だった。
「き、貴様ぁ!何者だっ!?」
兵士は当然の如く、修に鋭く問いかけた。
「ふふ。名乗るほどの者ではない」
ノリノリの修は人差し指を立て、「チッチッチッ」と振った。
「黙れ変態めっ!!」
兵士は至極まっとうなことを言った。
「っ?!」
衝撃が修を襲う。
その間に兵士は部屋を見回し、ギリリと歯を食いしばって修を睨み付けた。
「貴様が領主様を…!!」
正義感溢れる一兵士と、殺した変態。
この場では、どう見ても兵士が正しい。
「いやちがっ!そうだけどもっ!これっ!!これ見てっ!!」
修は慌てて、かっぱらってきた不正経理とかの書類を取り出した。
「黙れっ!!そして知れ!!悪はこの世に蔓延らぬことを!!とああああ!!!」
兵士はカッコいいことを叫びながら斬りかかって来た。
この場では、もうどちらが悪役かは言うまでもないだろう。
「ちいっ!!覚えていろ!!」(※帰ってきません)
修は捨て台詞を吐いて、逃走した。
書類はちゃんと置いて。
「くっ!!逃がしたか…!!……こ、これは!?」
兵士は憎々しげに呟いた後、修の持っていた書類を見て目を剥いた。
兵士は修の立っていた場所をみて、ぽつりと呟いた。
「…彼は正義の味方だったのだ」
皆頭がおかしい。
ちなみにこれは全て一晩の出来事である。
後に街には、全身黒づくめの銅像が建てられた。
領主の不正を暴いた英雄として祭り上げられたが、誰がどう見ても、どちらが正面かは分からないものだった。
てんくうちゅうなんたら拳を使う人っぽくしようかは、悩みました。
そして神はぶれない




