8.
あれから程なくしてお父様がやってきて、私はぺぃっと部屋から出された。
当主として、何やら細かいところを詰めていくのだとか。
私の話なのに出されるなんて?!って言ったけど、「もういいから」と、残念なものを見る目で言われた。……何故かしら。
どうにか邪魔できないかしらと、扉の前で右往左往していたけれど、あっという間に条件は交わされ、両家の契約は締結されてしまった。
柔かな顔でオーウェンと部屋から出てきたお父様は、私を見るなりオーウェンを振り返った。
「こんな娘だが、よろしく頼むよオーウェン君」
「お任せください」
私の前でしっかりと結ばれる握手に、私は血の気の引く思いで呆然と眺めるしかない。
「ではまた後日」
オーウェンがお父様にそう言うと、お父様はしっかりと頷く。そしてオーウェンは父の背後で呆然とする私に進み寄ると、手を掬い取って口づけを落とした。
「また来るよ、アデレイズ嬢」
綺麗な微笑みを浮かべてオーウェンは私の髪をサラリと撫でて、屋敷を後にした。
そのまま呆然としていた私は、撫でられた髪を押さえて小さく呻く。
「……だれ?あれ」
昔はひょろっとして、よく居る貴族の息子然としていて。いつも拗ねたような顔をしていて。お兄様とはすぐに仲良くなったけれど、私には慳貪な態度で意地悪だった。
「あの子にも事情があってね。大変な時期だから優しくしてあげるんだよ」と言うお父様のお言葉が無かったら、もっと早くに脛を蹴り上げたくらいだったわ。
居なくなる前くらいは蹴ったせいか、意地悪な態度は直ったようだったけれど。
紳士教育のなせる技なのか、久しぶりに目にした彼は品があって優雅な所作で。触れる手は無骨だけれど大きくて優しく温かい。
あんな茶番劇の流れで微妙に申し込まれた婚約を、律儀に受け取って本物にしちゃうなんて……
「改心し過ぎて最早別人」
それとも、もしかして……
私は気付いてしまった真実(?)に、ハッとしてゆっくりと青ざめていく。
「新手の嫌がらせ………………?!」
そうだわ!そうに違いない。
婚約が正式に結ばれたら、被っていた善良紳士の皮を脱ぎ捨て、本性を表すかもしれないわよね?そしてまたあいつにイライラする日々が……?!
「そうはさせないわっ!」
絶対逃げなきゃ!次の手を考えなくっちゃっ!




