24.
周りは突然の告白劇に呆れつつも、拍手をして喜び祝ってくれ、王太子殿下に至っては指笛を鳴らして囃し立てた。
「ゥオッホン。そろそろ良いのではないですかな?」
長い口付けを中断させるべく大司祭様の咳払いが入り、それを私は羞恥と酸欠気味のクラクラした頭で聞いていた。
その後、なんとか結婚証明書にサインを入れ、そのまま国王陛下に渡す。
最高責任者がそのまま受付完了なんて、便利すぎますわ…。
バージンロードをオーウェンと2人で歩いて大聖堂を出る時、国王陛下が眉を下げて婚姻証明書を振り回しながら「手綱、頼むぞ、手綱っ!」と投げてきた言葉に苦笑する。
「……………………鋭意努力いたしますわ」
だって新郎は魔王なのよ?国王陛下でさえ大聖堂での結婚式を止められなかったじゃない。
とりあえず私は精一杯の返事を、小声で口に乗せた。
私たちは晴れてこの日、夫婦になったのだった。
辺境領でも改めて結婚式を行うとしても、婚姻証明書を出した時点で夫婦となった私たち。
私はすっかりその事が抜けていたけれど、周りは準備万端だったわ。
いえ、違うの。
忘れていたわけじゃないのよ。
てっきり辺境領での式後だと思っていただけなのよ。
けれどそう思っていたのは私だけだったみたいで。
疲れで放心した頭のまま、気付くと辺境伯のタウンハウスへ到着して。
あれよあれよと言う間に隅々まで磨かれて、良い香りの香油を全身に塗り込められて放り込まれた先は、「アデレイズの好みに変えて良いよ」と言われて壁紙とカーテンを、何回目かのお家デート中にウキウキしながら選んだ夫婦の続き部屋で。
「え?」と思っている内に、まだ乾き切らないしっとりとした髪のまま現れたのはオーウェンで。
「ちょちょちょっっっ、ままままま待って!」
何となく悟って焦った私を軽々と横抱きにして、広いベッドまで運んだオーウェンの捨てられた子犬の様な表情に、「もう待てない…レイ…」という悲しげな声に不覚にもキュンとしてしまった私は。
ハッとした時には時すでに遅く。
「大丈夫、ディモアール辺境領に行くまでは、ちゃんと避妊するから」
そんな言葉に、私の焦る言葉はオーウェンの唇と夜の魔王のオーラに飲み込まれ。
…………初夜を済ませましたわっっっ
そして次の日の昼に近い時間、夫婦の部屋で私はオーウェンの膝の上で横抱きにされながらブランチを摂っておりますの。
…………えぇ、優しかったと思いますわ。
ただ、全身が怠くてこの体勢に抵抗する気力が無くなったとだけ言っておきます。
察してくださると助かりますわ。
こんな私と対照的な、艶々でキラッキラなオーウェンが憎可愛らしいっ。
「……はぁ、もう何でも良いわ。
辺境領での式は控え目にしてね?パレードなんてしないからね、ウェイン」
私は過ぎた事は諦めて、辺境領での結婚式の前にと釘を刺すことにした。そちらは当初お父様とオーウェンが予定していた今から4ヶ月後のままだ。
1週間後までに必要最低限の荷物をまとめて、辺境領に向けて出発。あちらに着き次第招待状とかオーウェンの近しい親戚筋に挨拶やら、色々やらなければならない。
助かったのは、既に大聖堂で着た物とは別のドレスのベースができている事と、飾り付けの花やその他発注物は済ませているという事。
……ほんといつの間に済ませたのか謎だわ。
辺境領で重役に就いている人たち、近隣の懇意にしている貴族などを呼ばなくてはならないから、普通に結婚式と披露宴をするだけでも盛大なものになるのは必定である。余分なコストはカットして然るべきなのだ。
「ん?したくないなら仕方ないが。しなくてもどうせ3日ほど領内はお祭り騒ぎになると思うぞ?」
「なんでっ?!」
「この歳まで浮いた話ひとつ出なかった嫡男の電撃結婚の上に、飲食店に祝い金を配ってその分を無料で振る舞って貰うからな」
「え?普通はお酒や食料を買い込んで民衆に振る舞うわよね?」
「それじゃ面白くないだろ。大量に買い込むのも面倒だが、それぞれの店に用意させれば金だけ置いとけば済むし、領民は色々楽しめる。店はその機会に次の集客にも繋げられる。これほど良い相乗効果もないだろう」
「確かに。面白いわ……でも大聖堂で結婚式を挙げたばかりなのに」
「ん?あれにかかった費用なんて、ドレスとスーツのお直しと、陛下への賄賂の美術品くらいだ。あっちでは俺の無駄に貯めた私財で事足りるし、領から出す祝金は領民へ無料飲食で還元する。な?思ったより費用はかかってないだろ?」
ん?掛かってないの……かしら?
私は事も無げに言うオーウェンを見て、一夜明けても指に嵌ったままのブルースターダイヤモンドを見つめる。
いや、やっぱりおかしい。オーウェンの金銭感覚はおかしいのだ。これに流されてはいけないわよアデレイズ!
そもそも指輪をサラリと用意する男よ?既に何処かおかしいのだわっ!
「大聖堂で本当に実行するなんて……夢のようだったけれどまだ信じられないわ」
「王家はバーミライト家と、第三王子を押し付けるディモアール辺境伯家との確執がなく、大聖堂で結婚式を挙げる許可を快く出した上に参列。絆は強固なものと周知できたんだ、文句なんて1ミリも有りはしないさ」
「納税を向こう20年分減らさせても??」
「第三王子の調教と教育、生活費、迷惑料込みだ。期限を切っただけ優しさを感じてほしいね」
良いのかしら……陛下が許可したのだから良いのよ…ね?ディモアール辺境伯領からの納税額って年々上がっていて、馬鹿にできない額になっていなかったかしら。
何割減らさせたかはまだ聞いていないけれど、聞くのが恐ろしく感じるのは気のせいではないわよね。
ウムム……と考え込む私の口にムニッと果物が押し付けられる。オーウェンがさっきから私の口にちょこちょこ小さく切られたサンドイッチやフルーツを入れてくる。もう諦めの境地で口を開けて迎え入れているのだけれど。
「レイも考えていることがあるんだろう?間に合うか?」
「そうだった、本当は直接行こうと思っていたけど、誰かさんのせいで無理そう……シェリに頼んで手紙を届けてもらうわ」
そう言って横目で元凶を睨んでも、私を腕の中に囲ったままのオーウェンには全く効き目なんてない。
「そうか。んじゃ今日はもうちょっとゆっくりできそうだな」
「そうね」
唇を尖らせて、そっけなく返事をしてそっぽを向くと、オーウェンは「お腹は?」と関係なく話しかけてくる。
「もう良いわよ、お腹いっぱいっ」
反省も効き目も見えない魔王の手綱なんて、今後握れるのかしらと考えていると、オーウェンは「そうか」とだけ返事をして私の背と膝裏に腕を回して立ち上がった。
驚いて咄嗟にオーウェンの首にしがみ付いた私は、オーウェンを間近で睨みつける。
「ちょっとウェイン!」
「なら、ベッドへ戻るとしよう」
「はぁ?!何でっんっ……!」
そのまま続く不満も一緒にオーウェンの唇に塞がれた。離そうにも抱きしめるように抱えられたままでは無理なお話で。ようやく唇が離されたのは優しく下ろされたベッドの真ん中。
「まだまだレイが足りないから」
そう言った私の上には、いつのまにか再びエロ大魔王が降臨していましたわ。




