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22.

 暫くして連れてこられたヘザーは、神妙な顔で俯いていて、最後に見たあの日よりも萎れて見えた。


 拙いながらも最敬礼をしたヘザーは、一言も喋ることなくじっと声が掛かるのを待っている。

 本来の彼女は、話せば理解する素直な性格なのかもしれないなと、その姿を見てふと思った。



「面をあげて楽にせよ」



 陛下の声にびくりと身を震わせたヘザーはゆっくりと顔を上げ、室内の人物を控えめに見渡した。


 その中にかつて愛を声高に宣言した男の変わり果てた(?)姿を見つけて、一瞬過ぎ去った視線がギュンっと戻って釘付けられる。



 …………わかる。私も3度見くらいしたもの。



「其方を呼んだのは、ハイデリウスの願いあってのことだ。ハイデリウス、早う終わらせよ」

「ありがとうございます、陛下」



 席を立ち上がり、礼をして感謝を口にして殿下は、ヘザーへと近寄り対面へと立った。



「ヘザー……すまない、君をこんな事に巻き込んでしまって」

「いえ……私も、ちょっと物語の中にいるみたいな気持ちになってたから…じゃなくてなっていましたので」



 ヘザーの言葉や他人行儀な態度に悲しげな微笑みを浮かべた殿下は、「そうか」とつぶやいて寂しげに視線を伏せた。



「……けれど、あの時君を思う気持ちに嘘はなかったんだ。それだけは誤解しないでくれると嬉しいな」

「……殿下。ありがとうございます」

「これからどうするの?」

「またあの食堂に戻って、一から頑張ろうと思っています」

「君と会ったあの食堂か…。またいつか会えるといいな」

「それまでに一品サービス出来るくらい、頑張って稼いで見せますね」



 ヘザーがフフっと微笑むと、和らいだ空気に目を上げた殿下がヘザーを真っ直ぐに見つめ、困ったように微笑む。



「ヘザー……ありがとう」

「私こそです。ありがとうございました殿下」



 別れの言葉はそれで済んだのか、殿下は近衛騎士へと目を向けて小さく頷く。

 合図を受けた近衛騎士は、ヘザーへと小さく声をかけて促し、ヘザーもまた室内にいる皆に向けて再び深く礼をして見せると部屋から静かに退出していった。



 その後ろ姿が扉の向こうへと消えるまで、殿下は切なそうに見つめ続けていた。



 恋人との短い別れを終えた殿下が、陛下に頭を下げる。陛下は苦虫を噛み潰したような顔で手を振って「よい、座れ」と言葉少なに命じた。



「さて、ハイデリウスの処遇だが……」



 重苦しいため息を吐いた陛下は、チラリと王妃陛下へと目を向ける。王妃陛下は穏やかな微笑みに少しの悲しみを混ぜて、黙したまま見つめ返していた。


 “全ては国王陛下のお心のままに”という意思表示なのだろう。



「我が膝下である文官棟で王命の婚約を無断で破り、離宮での謹慎を抜け出して極秘の脱出路を無断使用。大事には至らなかったが、王宮を危機に陥れる惨事につながりかねない所業であった。

 よって、お前の王位継承権を剥奪し、王籍を抜けて臣下へ降ることを命ずる」


「……っはい。承りました」



 頭を垂れて、拳を握りしめた殿下の方が震えていた。自分で仕出かした事とはいえ、少々可哀想に思えてきてしまう。



「その行き先だが……」



 そういえば臣籍降下は何処になるのかしら?

 一代限りの公爵家は、私がいてこそのお話であったはずだし。ここまでやらかせば中央に置いておくのも難しいだろうし。


 そう思ってチラッと陛下を窺うと、陛下は顎を擦りながら横目でこちらを見ていた。



 ………………いやいや…………え?うそ私?



 私、一応婚約者いますし無理ですよ?

 って、ちょっと視線ずれてるわね……?



 よくよく視線の先を辿ると、その先はどうやら私の隣へと注がれているようだった。


 私はその事実に閉口するしかない。



 確かに中央から離れて……は、いるわね。

 繋がりも私のお父様なら、安心安全ね。



 私は隣に座るオーウェンを横目でそっと窺った。

 ………目をきつく閉じて眉間に皺を寄せているわ。



 これ…………は、オーウェンも察してしまったわね。



「ディモアール辺境領へ」

「異議ありっ!陛下、幾らなんでもそれはっ」

「異議は却下だディモアール」

「毎回変なのを送ってきますけど、辺境は人材捨て場ではないのですよっ!」



 陛下の言葉に、咄嗟に席を倒す勢いで立ち上がって異議を申し立てたオーウェン。

 焦るあまり「変なの」「人材捨て場」なんて言葉を連発しているけれど、落ち込んでいる殿下にクリーンヒットしていますわよ?


 あらら、泣いちゃってませんか?ハイデリウス殿下。



「まぁそれは……次回より善処しよう。だが良いように使ってくれているのではないか?」

「酷使しとかないと、要らんことを仕出かしますからね」


「今回は其方の手腕を見込んでこその采配だ。あのハイデリウスをここまで導いてくれたからの」

「くっ……しかし、」


「最近辺境領への移住者が多い様だし、ハイデリウスを置き中央(ここ)との繋がりを持つことで、周りの貴族のやっかみも減らせるだろう。悪い話ばかりではないと思うが?」


「それに私が育てた便利な人材(アデレイズ)を掻っ攫っていくのですもの。これくらいは飲むべきですわよ」



 ……王妃陛下、今なんだか私の名前に変な意味を持たせておりませんでした?

 バッチリ目が合った王妃陛下に、ニッコリと微笑まれてしまいましたわ。あの笑顔、やっぱり恐ろしいですわね。



「…………はぁ、分かりました。辺境伯()への説明として一筆書いてくださいね」



 オーウェンは頭で色々算段をつけたのか、がっくりと項垂れてそれ以上の追求はせずに了承の意を返した。


 涙で潤んだ目をオーウェンに向けた殿下を視界の端で捉えながら、私はオーウェンと同じように肩を落としたのだった。






 それから1週間後、表向きの発表としては王命である婚約を反故にした罪で王籍を抜けて、辺境領の一騎士となるという内容で周知された。


 王宮への召喚の後、王宮へと引き取られるはずのハイデリウス殿下は、結局辺境伯のタウンハウスへの滞在が続行となり、辺境行きのために準備と手続きに追われる事となった。


 辺境領の嫡男と私が婚約したことは、周りには王家からの迷惑料の一つとでも思われていそうだわ。


 案の定その辺りのことに、ものすごく不服そうにしているオーウェンを見て、私は苦笑を漏らした。


 魔王のオーラを纏ったオーウェンが、執務机に向かって何かを書きつけると、それを辺境領へ早馬で出し、その返事が返ってくるなり王宮へと謁見申し込みを入れていた。その謁見は私は着いていかなかったので、何がしたかったのかは私には知る由もないのだけれど。





 あの時、オーウェンを止めなかったことが、現在の私に繋がっているとは、予想もつくまい。




 だってそのせいで1ヶ月半後の今、私はとんでもないところに立っているのだから。




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― 新着の感想 ―
[一言] う〜ん。王族がクズw
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