21.
それから3日後。
私達は王宮へ呼び出されていた。
少し前まではあれだけ毎日、ともすれば泊まり込んでもいたほど慣れ親しんだ筈の王宮は、変に懐かしく感じてしまって。なんだか落ち着かない、不思議な気分がした。
時折擦れ違う文官の見知った顔に会釈すると、皆何か言いたげな顔をしていたけれど、簡単な礼を交わす以外は何も話しかけられる事もなかった。
まぁ、お父様とオーウェンが私の両脇に居れば当然かしらね。
私達は王宮の会議室の様な場所に通された。
内容が内容だけに、謁見の間では色々拙いのだろう。内密かつ限定して話すには、防音仕様の会議室が最適よね。
中に入ると、大きく重厚な長テーブルが横向きに置かれていて上座には陛下、王妃陛下、宰相、近衛団長とその副官が既に揃っていた。
お父様とオーウェンと共に最敬礼をすると、お父様が言葉を発する。
「陛下方、ご機嫌麗しく存じます。陛下のお呼びとあり急ぎ参上いたしましたが、お待たせしてしまった様で申し訳ございません」
お父様が頭を深々と下げながらそう言うと、陛下ははぁっとため息を吐く。
「よい、皆頭を上げよ。安心しろ。穴埋め作業の報告を先に聞いていたところだ」
私達は陛下の言葉でやっと頭を上げて体勢を整えると、促されるままに席へと着いた。
「まず、アデレイズ…嬢、今まで長い間愚息に付き合わせてすまなかった」
真っ先に口を開いたのは陛下だった。
「ハイデリウスに任せていた公務をまさかアデレイズがこなしていたとは、長い間知らずにいた事もだ」
「いいえ、私が困り果てる文官を放っておけなかったのも原因かと思われますし」
幸いなことに、王族の裁量権を求められる案件はまだ回されていなかったため、こんな私でもなんとか出来た。お陰?で発覚が遅れたとも言うけれど。
次に王妃様が私を見つめて、悲しげに眉を寄せた。
「貴方が居れば安心だと、私の娘になる日を楽しみにしていたのに、本当に残念だわ…ごめんなさいね」
「王妃陛下……」
長い間王子妃教育に熱心に携わってくれた日々が脳裏に浮かぶ。途中語学の勉強の種類を異様に増やされたり、数学の勉強にやたらと経理関係が多くなっていた思い出が。
お陰で殿下の元に回ってきた書類や公務を難なくこなせたのだけど。私はモヤっとした気持ちを、教わった淑女の笑顔(悲しげVer)の下に隠して答えた。
「…王妃陛下。そのお言葉だけで十分でございます」
隣に座るお父様が労る様に肩を優しく撫でる。
その意味はきっと「解放おめでとう!」だろうけれど、健気な娘を装ってその手にそっと触れて小さく頷いた。
上辺だけのしんみりとした空気が流れていた会議室にノックの音が小さく鳴り、一番近くに立っていた近衛騎士団副官が扉を小さく開いて誰何して、陛下へと目線だけで指示を仰ぐ。
それを受けた陛下は、疲れを顔に浮かべておざなりに「入れ」と返した。
近衛騎士団副官に促されて入ってきたのは、3日前に蒼白な顔をしていたハイデリウス殿下だった。
落ち込んでいる様な暗い顔をした殿下は、絨毯に目線を落としたまま顔を上げないでいる。
「ちょっと説教が効きすぎたか」
小さく私にだけ聞こえる声量でつぶやいたオーウェンに横目で見上げると、ちょっと悪い顔してうっすらと笑っている。
的確に抉ったわね…………魔王め。
「ハイデリウス、そこへ座れ」
陛下が示されたのは、私たちの前の席。陛下方と近い席では無い事に、見放されてしまわれたのかしら……と、居心地悪く思う。
「はぁ……さて。近衛騎士団長、皆に報告を」
「は。女神像の修繕工事と称しての脱出口の固定、並びに脱出口から予定箇所まで埋め立てと、硬化が完了しました。少人数で当たったため、少々時間が掛かりましたが、該当箇所からの侵入は不可能でしょう。工事費用はこちらとなっております」
陛下は手渡された資料に目を滑らせて、こめかみを揉んだ。
「国費の王宮修繕・維持費から賄うが、ハイデリウス」
「は、はい。ちt……陛下」
「お前がしでかした事だ。お前の予算からも賄ってもらう」
「ぇ、それはっ、……っはい」
私財も殆どない状態の上、王子に付けられる予算も削られて、もう自由に遊ぶことすらままならないだろうなと、前年度の予算案資料作成を手伝った時に見た数字を思い出しながら、私は益々肩を落とした殿下を見た。
“因果は巡る”とは、よく言ったものだわ。
回り回ったブーメランが戻ってサックリ刺さっていますわよ。
それにしても、あのお話の通じないお花畑王子をどうやってあそこまで現実を理解させる事が出来たのかが謎だ。いっそ奇跡じゃないかしら。
私は隣に座るオーウェンを、畏怖と尊敬の念を込めて見つめた。
「やめろ。そんな嬉しくない気持ちを込めた目で見るんじゃない」
あら、伝わったわ。不思議~。
「お前のことをいつから見てたと思っているんだ。それくらい分かって当然だろう」
いつからって……そんなの文官棟婚約破棄事件のあの時からじゃないのかしら?
でもそんなに分かりやすいかしら私。
これでも淑女の仮面は、鋼鉄製と自負していたのだけれど。
そっと頬をこねてまたチラリとオーウェンを見ると、またあの落ち着かなくさせる蕩けた瞳で私を見ていた。なんだか気恥ずかしくなって視線を外しては、チラリと盗み見るのを繰り返していると、反対側に座るお父様が咳払いをした。
「砂糖を振り撒くのはそこまでにしておけ」
……え?砂糖って何のことかしら、お父様?
「それからハイデリウス殿下の身辺も洗い終わりました。教師数名、側近候補の男、侍女数名を捕縛。関わった家門で伯爵以上の者は爵位を落とし、当主は親戚筋へと譲位。実際に関わりのない血縁の者達は王都への立ち入りを禁じました。実行犯達は強制労働施設へと連行済みです」
淡々と報告される結果に、静かに聞いていた一同の中、殿下だけがソワソワと落ち着かな気にしていた。
それを見て察した国王陛下が「なんだ」と声をかけると、殿下は一度キュッと口を引き結んでから、意を決した様に口を開く。
「あ、あの、陛下。ヘザー、ヘザー・アビルデンはどうなりましたか?」
「あの小娘か」
「アビルデン男爵家、ヘザー嬢は一連の家門とは無関係と確認されました。本日牢から出され、家に返される手筈です」
近衛騎士団長が補足する様にそう告げると、殿下はホッとした様に息を吐いた。
「帰される前に、少しだけ会って話しても宜しいでしょうか?」
「……会ってどうするというのだ」
「巻き込んだ事に……謝罪を」
辛そうに歪めた顔を俯かせてそう呟いた殿下の肩は、握りしめた手のせいか小さく震えていた。
一体どんな説教をすれば、ボンクラの代表の様な殿下がこうなるのかが甚だ疑問である。
王妃陛下は扇子を広げ、息子の劇的な成長を遂げた姿に目尻に涙を浮かべている。
「2人で会うことはならん」
「陛下……!っ、いえ、申し訳ございません」
「この場でなら許可しよう」
「えっっ!」
「連れてこさせよ」
陛下の言葉を受けて、近衛副団長が素早く部屋を出て行く。私を含め皆がその言葉に驚いたままだ。
「2人で変な約束をされるより、目の前で弁えさせながら言葉を交わさせる方がマシと踏んだのだろう」
お父様が小さく言葉を漏らした。
確かに、下手に言質を取られかねないことを2人きりという空間でされるより、それを覆すことができる国王陛下が居るこの場であった方が安全と言うことなのね。
納得するとともに、ハイデリウス殿下の信用の無さをほんの少し憐れに思った。




