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20.

 今日もオーウェン(魔王)に敗北した私は、腰が抜けて回復し切らない足を叱咤して立ち上がる。



「大丈夫か?」



 上機嫌とわかる笑顔を浮かべて寄り添うのは、こうなった元凶でもある本人なんだけれども。



「ぁのっ、近いですわっ」



 そんなオーウェン(元凶)は、そっと私の腰に手を回して支えてくれて、自分へと引き寄せる。

 たしかに安定はするし助かるのだけど、いかんせん顔が近い上に、密着するせいで自分以外の体温をあちこちで感じて、ドギマギしてしまう。


 少し身を離して欲しくて言ったのに、オーウェンは私の耳に少し掠れた低い声で囁く。



「早く俺に慣れてくれ」



 慣れるわけないでしょぉぉぉぉぉ!と心が羞恥で悶えながら叫んでいた。口に出せなかったのは、お陰様でまた腰が抜けてしまって、オーウェンに抱き抱えられてしまったから。




 う~~~っっ!オーウェンのバカー!エロ大魔王ーー!




 来る度に私はそんな目に遭い、心の中で絶叫し、帰る頃には艶やかな顔をしたオーウェンに見送ってもらうのだった。


 そんな日々が1週間程経った頃、ヨレヨレのハイデリウス殿下(元婚約者)が玄関ホールから外に出た時、脇の植込みから現れた。



「お前達ぃ~!僕がこんなになっているのに毎日イチャコラしやがってーー!僕への当て付けか?!」

「殿下……?」

「ッチ、どっから抜け出してきた」



 現れたハイデリウス殿下の変わり様に、私は腰を引き寄せられてオーウェンの胸にぽすんと収まってしまったことにも気づかない程に驚愕してしまった。


 思わず3度見までしたわ。


 真っ白だった肌は程よく焼け、天使の様にクリクリとやや長かった髪は短く切り揃えられ、筋肉なんてなさそうな体付きだったのが、少ししっかりしたように感じるが、いかんせん連日のブートキャンプ(訓練)のせいなのか、膝はプルプルと笑ってらっしゃる。



「ズルイではないかっ!僕も愛しのヘザーに会いたいというのにっ!そんな僕の滞在する邸でその様に毎日とっっっ!」

「だからと言って抜け出して良いとは言ってない。さっさと戻って続きをしろ」

「貴様~っっ!いやだっっ!」



 盛大に駄々をコネ始めるハイデリウスに、抜け出されたことに気づいた使用人が追って来たのか、サッと彼を取り囲んで両脇を固める。



「逃亡による仕置きは、勉強の方にしておけ」



 そう指示を出すオーウェンに、(ささ)やか過ぎる優しさが分からないハイデリウスが泣き喚き始めた。


 引っ張り上げられて連れていかれる直前に、涙目の殿下は私をキッと睨んだ。




「元婚約者のくせに、僕がこんな目に遭っているのになぜ助けない?!」

「王宮を勝手に抜け出して問題を起こした殿下のせいなので、何も言えませんわ」

「薄情な女だっ、ヘザーならこんな事…」


「そのヘザーなる女性ですけれど、なぜ抜け出してお会いしようと思ったのですか?」

「それは……真実の愛の相手だかr」

「いえ、そうじゃありませんわ。だってまだ王宮にいますでしょう?彼女」



「……………………は?」




 婚約破棄後の騒動も、お父様とシェリの情報収集能力で一応耳にはしていた。


 要らぬ野心を持った教育係やその家門の側近候補や侍女と言った使用人は全て処された。ヘザーは殿下を誑かした相手として、その家門と関係性の有無も含めて調査が行われているらしい。


 それも間もなく終わり、単に殿下が引っ掛けてきた相手という事であれば、後数日のうちに家と本人に厳重注意をして釈放になるのだろう。


 殿下が王宮を抜け出した日、「ヘザーに会いにいく」と言ったのを、私は「もう調査が終わって帰されたのね」と思っていたのだけれど、帰宅してお父様に尋ねると「そんなわけ無いだろう。絶賛調査中だ」と返答が返ってきて「あれ??」と食い違いに頭を傾げたものだ。


 ポカンとした殿下は何も知らなかったのか、鳩が豆鉄砲を食らったかの様な顔をしている。


 ……殿下の目の前で牢屋に繋がれることを宣言されたと聞いていたけれど、違うのかしら?


 小首を傾げていれば、頭の上から小さなため息が溢れてきた。




「……まさかとは思っていたけど、そのなんちゃらの相手の境遇を忘れていたみたいだな」

「あっ…………」




 そんなまさかと思っていると、それを肯定するかの様に小さく声を上げた殿下は顔を青ざめさせている。



「ぅわぁ、それは無いですわ」



 私はポツリと本音をこぼすと、殿下は気まずそうに視線を泳がせる。大人しくなった事で運びやすくなったのか、殿下はそのまま勉強部屋まで連行されていった。



「あの……その女性は今も牢に居るのかしら」



 婚約破棄宣言の時、殿下の経済状況を知って静かに身を引いていた彼女を思い出す。野心で身を滅ぼした家門と関係ないと思いたいけれど、あれから2ヶ月弱は経つ。同じ女性ながら、牢屋という境遇に思うところがないわけではないから。



「没落しかかってはいるが男爵家の娘だったらしい。貴族牢だろうから、心配はいらないさ」

「そう……」



 正直面識も婚約破棄現場(あの時)以外には無いし、あんな殿下()に運悪く引っかかっただけだとしたら、「お気の毒に」としか言いようがない。けれど、彼女のおかげで私は殿下との婚約がなくなったわけだし……


 彼女が困っているなら、少しは助けても良いのかもしれない。


 隙あらばあちこちに口づけを落としてくる、私の腰に回された婚約者の手にそっと触れて、そんな事を思っていた。


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