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15.

 買い物をした荷物を馬車に置いて、オーウェンの予約してくれた店へと向かう。



「わぁ……」



 向かった先には、絵本に出てくるような可愛い外見の一軒家。人気を表すかのように既に外にまで待っている客が並んでいた。

 その横をすり抜けて、予約名を告げたオーウェンと共に中へと案内されていくと、2階の半個室席へと通される。



「ボックスランチで、メインは1つずつ。デザートは1つで取り皿を」



 何も聞かずにサラリと注文をしたオーウェンは、私ににっこりと微笑む。



「ここの限定20食のボックスランチは有名でね。メインは後から来るから、その時に好きな方を選ぶと良い」

「詳しいのね」

「知り合いの商会が出店していてね。俺もちょっと口を挟んだ」



 そうなのねと頷いていると、店員が2段重ねの木箱を持ってやってくる。それを私とオーウェンの前に1つずつ置くと、箱の上に小さな紙を置いて下がっていった。


 花模様が描かれた紙には、「お品書き」と書いていて、中のメニューが書かれている。


 初めての演出にワクワクとした気持ちで、オーウェンの真似をしながら艶のある木箱を1段とって横に並べて置き、上段の蓋も開ける。木箱の中はお皿ごと入っていて、お品書き通りのサラダやパテが入った前菜が現れる。



「……まるで宝箱みたいだわ」

「楽しいだろ。開けるまでわからないって言うのも」

「ええ、でも何故箱に?」

「これだとストックしやすいし、運びやすい。開けた時に香りが立ち上って食欲をそそるだろ?」

「たしかにそうね」



 いそいそとナイフとフォークを手にした私は、ウキウキした気分のままボックスランチの中の品を口へと運んだのだった。


 ボックスの中を食べ終わる頃に、メインメニューが運ばれてきた。私は魚を選び、オーウェンの前には反対の肉料理が置かれた。あっさりとした白身魚のポワレは香り高いバジルと、バルサミコソースがアクセントになっていてとても爽やかで、スルスルと胃の中へと収まっていく。この新鮮な環境が良いのか、王宮の晩餐より美味しく感じてしまうから不思議だわ。



 お腹もいっぱいな頃に、オーウェンがニヤリと笑って注文したデザートを勧めてくる。


 …………魔王が再び降臨だわ。


 遠慮しようかと思ったけれど、オーウェンと半分ずつならいけるかしらと、欲が出てしまう。


 そこで運ばれてきたのは、柔らかそうに膨らんだパンケーキ。思わずジトっとした目でオーウェンを見ると、苦笑しながら「これは口解けを楽しめるから大丈夫だろう」と取り皿に分けてくれる。


 割とお腹いっぱいなんだけど……。と思いながら、ナイフで切り込むとフワワっとした感触に目を見張る。ナイフの重みだけで切れてしまったパンケーキを恐る恐る口に運ぶと、プルプルでふわふわなそれは、口の中でふわりと溶けてしまう。



「何ですのこれ……?!」

「メレンゲで作られたパンケーキだ。これも限定なんだよ。美味いだろ?」

「蕩けそうですわっ」

「そりゃよかった」



 お腹も心もいっぱいになった私は、オーウェンに連れられてゆっくり歩きながら目抜き通りへ行く。


 1つのブティックの前で止まるとオーウェンは扉を開いて押さえて、私を中へと招き入れた。



「さぁ、何が好きか教えてくれアデレイズ」



 嬉しそうに笑ったオーウェンに、私の胸の奥がざわめいた気がした。



 そのブティックは、隣国の最新生地を多く取り扱う店のようで、目新しい生地で作られたドレスや帽子で溢れかえっていた。



「…凄いわ」



 シェリを連れてきたらどんなに興奮した事だろうかと、内心で思っていると、奥から店主であろう中年の女性が現れて奥の部屋へと案内される。


 その部屋には生地やレースの見本、ラインを見せるために作られた飾りのないドレスが置かれていた。


 私は鏡の前に立たせられ、色んな色の布を当てられて、顔映りの良かった色のドレスやワンピースが次々と出てくる。



「ちょっと待って」



 と、勢いに飲まれて溺れそうな所で声を上げたけれど、店主は「はいはいお召し替えしますわよぉ~」と上機嫌で私をカーテンで仕切られたフィッティングルームへと押し込めた。



 慌てる私をよそに、ブティックの店員はささっと服を脱がせて細かいところまでサイズをサッと計る。

 私が目に留めた薄紫のドレスを着せるとシャッとカーテンを開けた。



「うん、良いね。後黄色の花飾りのと、薄黄色のワンピースも。あとブルーのネックレス、靴はこれと」

「お、オーウェン様ちょっ」

「はいは~~い、お召し替えお召し替え~」



 抗議の声も虚しく、結局10着近くドレスやワンピースを着せられ、疲れてオーウェンの座る長椅子の隣にへたり込んだ頃には陽が傾きかけていた。


 店主と話し込んでいたオーウェンは、私の様子に気づくと、レモンを浮かべた冷水を持って来させて勧めてくれた。



「疲れましたわ……」

「すまない。ちょっとやりすぎたか。でも好きな色も知られて良かった」



 そう言って嬉しそうに笑うオーウェンを見ていると、何故か疲れが薄まっていく気がした。



「オーウェン様のも選べばいいのに」

「大丈夫、合わせてついでにいくつかオーダーしたから」

「いつの間に……」


「着替えは疲れたろ。噴水公園で休憩でもしようか」

「ええ、緑に癒されたいですわ」



 噴水公園は、目抜き通りから程近い場所にある国立公園で、象徴するような大きな噴水があることからそう呼ばれている。


 通りすがりに見ることはあっても、実際に行ったことは無かったけれど。



 外の爽やかな風を感じながら、目抜き通りから噴水公園へと入る。疲れて火照った頬が風に撫でられて気持ちいい。


 隣を歩くオーウェンを時々盗み見ながら、領での事や、共通の話題であるお兄様についての話に花を咲かせた。


 公園の奥へと進むと段々と水音が大きくなっていき、大きな噴水が見えた。中央の台座の上に水瓶を高く抱えている女神像が据えられていて、その水瓶から水が止め処なく流れ出し、石像や台座に細かく跳ねて美しい。


 陽にオレンジ色の光が混ざり始めたせいで、煌めく光が暖かでついつい見惚れてしまう。



「アデレイズ、座ろうか」



 近くのベンチにオーウェンが誘う。静かに頷けば、オーウェンがハンカチを広げて「どうぞ」と示してくれた。



「あ、ありがとう」



 逡巡したものの、さっきプレゼントされたばかりの服だったし、ありがたくその上に腰を下ろす。隣に腰を下ろしたオーウェンの温もりが、なんだか面映くて視線を伏せてしまう。



「どうだ?今日は楽しめたか?」

「え、ええ。まぁ……楽しかったわ」

「そうか、次はいつ行こうか?3日後はどうだ?」


「えっ、予定は……ないと思うけれど」

「返事を王都屋敷宛に送ってくれ」

「……。ええ、分かったわ」



 水音が気恥ずかしい気持ちと、無言の空間を優しく包む。その時シェリの言葉が脳裏をよぎった。



『新たな婚約者様を一から知るために』


『殿下ではないのですよ』



 そうだ、オーウェンは元婚約者(アイツ)ではないんだ。そして記憶にある11年前と同じではないのだ。再会してから如何に逃げるかを考えて向き合ってこなかったけれど、いい加減向き合うべき時がきたのかもしれない。


 ふぅっと息を吐いて隣を横目で見ると、幸せそうな顔で微笑んでいるオーウェンと視線がぶつかる。


 その瞬間、胸の真ん中に温かいものを感じて戸惑った。



「な、なに?」

「いや、変わったなと思ってな。すっかり大人のレディだ」

「当たり前じゃない。妃教育を受けた立派なレディでしてよ?」

「知ってる」



 浮かべた笑顔が、昔の面影を伝えてくる。

 庭でお兄様と走って先を行く彼。お兄様の背中越しに垣間見えた笑顔が、11年の時を経て間近にあって、私へと向けられている。




 トクンと胸が小さく音を鳴らした。




 段々と光に混じる赤みが濃くなってくる。

 頭のどこかでそろそろ帰らなくちゃと思っているのに、オーウェンから目が離せなくて、疲れのせいなのか足も動きそうに無かった。


 オーウェンの亜麻色の髪に陽が跳ねて輝く。

 サラサラと風に流れていき、乱れた前髪から覗く深い紺碧の瞳が私を射止めたまま離さない。


 息が止まりそうだわ。


 オーウェンが私の膝の上に置いた手を、そっと取って持ち上げる。



 ……ザァァァ…………



 流れ落ちる水音が辺りに響き、手を取られて早まっていく胸の鼓動を幾分か和らげてくれる。



「……アデレイズ。偶然とはいえ、婚約者として選ばれた事、とても嬉しく思っているんだ」



 ザァァ…ゴゴ……ザァァァ



「本当は俺から言えたら良かったんだけど……」



 ザァァァァ……ゴゴ、ゴゴゴ……ザァァ



「11年前に辺境に戻ってから、気付いたことがあったんだ。でも……ずっと言えなかった」

「……どうして?」


「君が婚約してしまったから。あまりのタイミングの悪さに、運命を呪ったくらいだ。はっきり自覚したのはもう少し後だったけど」



 ザァァァァ……ゴゴ……ザァァ



「やっと仕舞い込み続けた事を、口にできる時が来た。あの時諦めてしまわなくて本当に良かったよ」

「な……にを?」



 オーウェンの真剣な瞳に熱が籠って、まるで蒼い炎のように揺らめく。恐らく赤くなっているだろう頬は、夕陽の赤で誤魔化されているかしら。そんな事を考えて、トクントクンと鳴り続ける胸をもう片方の手で押さえる。


 取られた手がオーウェンの唇へと近づき、熱い吐息を感じてしまう。


 その先の言葉を聞きたいような、聞いたら最後逃れられなくなるような、そんな期待と不安で心は揺れていた。



「アデレイズ、俺…………ずっとお前の事がすk」


「ん?アデレイズ!!!アデレイズか?!!おお!こんな所にっ!いい所にいた!!おい、アデレイズ!!」


 ザァァザバザバザバザバっっ!




 大事な最後の言葉に集中していた所に、長年耳に馴染んだ不躾な声が割り込んできて、オーウェンに釘付けだった意識が無理矢理引き剥がされてクラクラした。


 何事かと声のした方へと顔を向ければ、大噴水の女神像の台座の一面が横へとズレていて、噴水の中をジャバジャバとずぶ濡れで横断する元婚約者が居た。



「……………………は?」


「僕がこんな目にあっているというのに、お前は何をしているんだ?浮気とは嘆かわしいっ。まぁ今はいい。ちょっと手を貸せ」



 あたりに水を撒きながら噴水から出てきた、元婚約者ことハイデリウス第三王子殿下は、濡れた髪をかきあげて、そう宣ったのだった。


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