1-48 師弟対決
身構えるルシファリスたちに対して、アルコは右手を向けた。
「来るわよ!!」
ルシファリスがそう言うと、三人はその場から飛んで離れる。
次の瞬間、三人がいた場所が爆ぜて弾け飛び、爆風が砂埃を巻き上げる。
部屋全体に広がった砂埃で、一気に視界が悪くなった。
アルコが自分の前に広がった砂埃をじっと見据えていると、突然、目の前からルシファリスが現れる。
「どおりゃぁぁぁ!!!」
法陣をまとった右手をアルコに向かって、振り抜いた。
…が、それは簡単に受け止められて、その勢いのまま逆方向へ投げ飛ばされる。
「ちぃぃぃっ!!」
ルシファリスは放り投げられた先で受け身を取りつつ、次の手を考える。
そんなルシファリスを見据えるアルコの後ろから、クラージュが意表をついて姿を現した。そして、光り輝く拳をアルコに目がけて撃ち抜いた。
…が、アルコはそれを見ることさえせずに、少しだけ右に顔をずらして、かわしてしまう。
「レイよ…遅いぞ、まだまだ足りんな。」
目をつむったままでアルコはそう言うと、左手でクラージュのみぞおちを撃ち抜いた。
「…か…はぁっ……」
その衝撃で動けないクラージュを、アルコは蹴り飛ばす。クラージュはそのままルシファリスとは反対側の壁に激突し、砂埃を巻き上げた。
「クラージュさん!…グルルルァァァァ!!!」
吹き飛ばされるクラージュを気遣いつつ、ウェルが両手に法陣をまとい、それを地面に叩きつけた。
その場から巨大な岩の刃が、アルコめがけて地面を這っていく。
しかし…
「ぬるいな…」
アルコは右手を前にして、法陣を繰り広げた。そこに岩の刃が当たった瞬間、それらは一瞬のうちに霧散してしまった。
「まぁ…神様ですもんね…ハハハ」
「ほんとよ!はぁ…倒せる気がしないわね…」
「…まったくですな…さすがはと言ったところかと…」
苦笑いしているウェルの横に飛び降りて、ルシファリスが愚痴をこぼすと、それに合わせてクラージュも服についた埃をはたきながら、横に並ぶ。
三人の視線の先には、静かに佇む銀髪のオールバックの男。
後ろにある入口を守るように、立ち塞がっている。
「…さてと、どう攻略しましょうか。」
第二回戦のゴングが今なろうとしていた。
◆
「はじまったわね…」
部屋のすぐ横に隠れて停めていた竜車が姿を現した。その竜車の中で、ミカエリスは静かにつぶやく。
「どのタイミングで行くんだ?」
「…特には決めてないけど、役割なら決めてるわ。」
「役割?」
春樹の問いにミカエリスが答えると、俺に対して秋人が再び問いかける、
ミカエリスはうなずいて話を続ける。
「中に入ったら激しい戦闘が繰り広げられてるわけよね…わたしやクロスはかわしたり、防いだりできるけど、春樹と秋人…あなたたちはそれができる?」
ミカエリスの言葉に、春樹も秋人も首を横に振る。
「だから、クロスに守ってもらってね。それがあなたたちの役割よ。」
「…マジかよ、かったり〜なぁ…」
クロスは欠伸をしながら、愚痴をこぼすが、その眼は少し笑っている。
「わたしが先頭でルートを選ぶ。あなたたちはクロスと一緒にそのあとについてくること…簡単なことだけどできるかしら?」
二人は再び、無言で頷くのを見て、ミカエリスはにっこりと微笑む。
「では、準備をしましょう…」
そう言ってミカエリスは竜車を降り始め、クロスがそのあとに続く。
「秋人…」
「ん…?なんだい、春樹。」
春樹の呼び止めに振り返って、秋人は小さく笑う。
「君は…元の世界に帰りたいかい?」
「どうしたんだい、急に?」
「いや…ふと思ってさ…」
「う〜ん、そうだなぁ…元の世界に戻っても、僕は引きこもりに戻っちゃうんだよね…それだけは記憶が残っていてさ。」
「…」
「そんな生活に戻るくらいなら…こっちにいた方がマシかな!」
「…そうか。」
「春樹は?春樹は戻りたいの?」
「おっ…俺?俺は…」
頭にルシファリスの顔がよぎるが…
「お二人とも…行くわよ。タイミングは何度も来ないのだから。」
「あっ、ごめんごめん!」
ミカエリスに声をかけられ、竜車から降りていく秋人を、春樹はじっと見つめていた。
◆
「ちょっと…クラージュ!あいつにはなんか弱点とかないの?!」
ルシファリスは肩で息をしながら、隣にいるクラージュへと問いかける。
「わたしも何度も手解きをいただいた身ですが…控えめに言ってありませんな。」
「クラージュさん…それは控えめでもなんでも…ハハハ…しかし、参りましたね。」
クラージュの言葉に力なくツッコミを入れるウェル。
目の前には先程の場所から一歩も動いていないアルコの姿があった。
「あいつ…あそこから一歩も動いてないのよ?信じられる?」
「力のいなし方が、尋常じゃないほどお上手いですからな…アルコさまは…」
「闘神と呼ばれるほどだからてっきり力押しタイプかと思いきや…わたしの一番苦手なタイプじゃないの…」
「…で、どうします?」
ウェルの問いかけに、ルシファリスは頭を悩ませる。
「せめて動きを止められればいいんだけど…あれ、使うしかないか…」
「あれ…ですか、あまりお勧めできませんが…」
「だけど、そうでもしないとジリ貧じゃない。」
「確かにそうですが…」
クラージュは少し口ごもる。そこにウェルが質問を投げかけた。
「あれって…?何です?何をするんですか?」
「そっか、あんたは知らないわね。簡単に説明するけど、私が一時的に"魔人化"するのよ。」
「えぇっ!?魔人化ですか!?そんなことして大丈夫なんでしょうか?」
ルシファリスはその言葉にため息をつく。
「控えめに言って、大丈夫ではないわね…本当の魔人化ではないけど、身体の限界を無理やり超えさせるから、一度使うとしばらく体を動かせなくなるし…」
「ルシファリスさまが動けなくなるのは、あまり得策ではないですな…ここを抜けてからが一番大事なのですから。」
「確かにそうだけど…じゃあ、どうするのよ。」
ルシファリスが少しイラついて問いかけると、クラージュは目を閉じる。
「わたしが行きます。うまく隙をつくるので、アルコさまの動きを止める手を考えてください…グググ…」
そこまで話すと、クラージュが少し苦しむような動作をする。
「クッ…クラージュさん?!」
ウェルが心配して駆け寄ろうとすると、クラージュの体が少しずつ変化し始めた。
「グゥゥゥゥ…ガァァァァァ…」
肌は硬い鱗で覆われていき、指には鋭いツメが現れる。
顔はドラゴンへと変化していき、体は先ほどより一回り大きくなったように見受けられた。
「久々に見るわね…クラージュの超本気。」
「当時より確実に強くはなりましたが、これでも届くかどうか…」
その変化を見ながらルシファリスがつぶやくと、クラージュもそれに答えた。
ルシファリスがチラリとアルコに目を向けるが、見ればアルコは宙に浮いてあぐらをかいている。
「なめられてるわね…」
「本気で行きます…タイミングはお任せしますので…」
そう言ってクラージュは低く構えると、瞬く間にアルコのところへと突進する。
「アルコさま、尋常に!!ガァァァァァ!!」
師弟の対決が今まさに始まった。




