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祇峰ユイガ sister of 双利

 

 あの後すぐに軽い診察を受けた僕は目覚めてから1時間ほどで退院する事ができた。

 まぁ、倒れた原因はただ疲れの蓄積が爆発しただけみたいなので入院していたと言うよりは、一泊したと表現した方が相応しいだろう。

 

 「なんともなくてよかったネ、トシトシぃ☆ とりあえず今日は帰って、家で休んできなヨ♪ なんかあったらすぐ連絡するからサッ☆ 」


 僕は検査に付き添ってくれた姉貴の言葉に甘えることにした。

 親父もこの病院で休んでいるらしいので、今家に帰れば一人になれる。

 二人を任せっきりにするのもどうかと思ったが、さっきの事で姉貴に対しても大きな罪悪感を抱いた僕はこれ以上病院……いや、家族の近くにはいられなかった。



 診察室を出てすぐにさっきまで寝ていた病室に入るとアユリさんがまだそこで待ってくれていた。

 彼女は僕の姿を見るなり急いで駆け寄って来て

 

 「祇峰くん、どうだった? 」


 「ああ、薄明さんとオサムがすぐ対応してくれたおかげで何の問題も無かったよ。優秀な親友二人に感謝しなきゃな。」


 僕の状態を気にするアユリさんに改めてお礼を伝えると、彼女はホッとしつつ、顔を赤らめてしまった。

 その照れる姿を見て我ながららしくない事を言ったと思う。

 数秒前の素直な自分を思い返すと恥ずかしくなってきたので、僕はさっきから姿の見えないあの男の話題に切り替えた。

 

 「ところで、オサムは? 」


 「鴉根くんは今日の朝、来てくれてたんだよ。朝と夕方で交代したの。あっ、ちなみに祇峰くんが目を覚ましたことはもう連絡しといたから。」

 

 さすが委員長、行動が早い。


 「そっか、アイツにもしっかり礼言わないとな。」


 僕はオサムへすべき感謝も確認した後荷物をまとめ、アユリさんと共に出口へ向かうと見送りついでについてきた姉貴が途中で耳元でこんなことを囁いてきた。

 

 「こんな時だけど、彼女さんはしっかり家まで送ってあげなさいよっ♪ 」


 見事に余計なお世話である。


 「いや、まだ彼女じゃないから。」

 

 僕は咄嗟かつ冷静に訂正したつもりだったが、姉貴がそれを聞いてニヤニヤし始めた。

 何でだろ……って、あっ。

 

 「へぇ〜、『()()彼女じゃない。』ねぇ〜♪ 』


 やらかした。 

 完全にやらかした。

 僕は発言の撤回、または逃走を試みるもそれらはヤツの前ではもう手遅れだった。

 絶好の獲物を見つけた姉貴はとんでもないスピードで僕の首に手を回しつつ、先を歩いていたアユリさんに背を向けて耳元で連続攻撃を始める。

 

 「あれれ〜、ならぁ、いつからなる予定なのかなぁ? ”まだ”ってことはぁ、もう見通しがあるってことだよねぇ、そういうことだよねぇ〜? ああ〜、お姉ちゃんとっても聞いてみたいなぁ、弟の素敵な将来設計っ♪ 私ならアドバイス出来るかもよぉ☆ ホレホレ、だから恥ずかしがらずに言ってみな、言ってみなぁ? お姉ちゃんしっかり聞いてあげるからぁ☆ 」


 クッソ、この女多分、最初から僕らが付き合ってないことを知っていて僕がボロ出すのを狙っていたのである。(まぁ、その最初の最初で引っかかった僕も僕だが……。)

 こういう策士めいたやり方でいままで何度も弱みを握られ何度もオモチャにされてきたのにも関わらず久々に会ったからか、さっきまで真っ赤だった目を見てか、僕は完全に油断してしまっていた。

 無理しているとはいえ姉貴は通常運転しているのをすっかり忘れて。


 「いや、その、それは……ですね…… 」


 僕は必死に弁解可能な台詞を探すもそんな都合の良い言葉は簡単には出てこず、ただただ取り乱し続ける。

 一旦姉貴の攻撃を避けようと目線から目を外すと数歩分先でアユリさんが一向に前に進まず話し込んでいる僕らを見て首を傾げていた。

 マズい、このまま彼女が近づいてきて、この会話聞かれかねない。

 姉貴は人の目を全く気にせず行動してしまう人間である。アユリさんが近づいてきても、きっと話を止めることはないだろう。

 この会話を聞かれてこの気持ちが本人にバレるのはいち高校男子としては絶対に避けたい。

 必死に回避策を練りつつ、その場しのぎにもならない曖昧な答えばかりしていたのだが、それをただニヤニヤするだけで黙って聞き続けてくれるほど大人しいヤツではなかった。


 「フフフッ♪そーんな必死にならなくてもいいのに、トシトシぃ〜☆」


 僕にはもう言い訳は不可能であると悟ったのか、不敵な笑みと共に再び連射砲台の口が耳元で開き出した。 

 もうダメだ、認めて楽になってしまうか……と過酷な取り調べを受け続けた容疑者みたいな心境になり、とうとう白旗を上げかけたのだが次に囁かれたのは意外な内容だった。


 「流石に急すぎたかな? 最後にお母さんに彼女さん見せてあげるのもいいと思ったんだけど…… 」


 姉貴はそう言って僕の首を解放した。

 まさかそんな想いがあったとは。

 僕をからかうことだけが目的だと思っていただけに、それを知って通路の真ん中で唖然としてしまう。

 きっと普段通りを装いながらも、ずっと母のことを考えているのだろう。

 いや、もしかしたら母のことを常に考えているのも姉貴にとっては普段通りなのかもしれない。

 どちらが本当かは分からない。

 ただどっちにしろ僕に共感の術はなかった。


 「フフッ♪ ま〜た暗い顔してるぞ、トシトシっ☆ 」


 また黙り込んでしまった僕に少し距離を置いて正面から姉貴が声をかける。



 「暗い顔って、こんな時だしそりゃ…… 」


 「でも、悲しそうな顔じゃないよ?」


 いつの間にかさっきまでのふざけた表情と口調が消えていた。

 今まで見せたことのないような真剣な顔だ。


 「悲しめないんでしょ? お母さんが分からないから…… 」


 姉貴の口から出たそれはあまりに的を射た言葉だった。

 誰にも理解されないと決め付けていた僕はすぐには反応できない。


 「でも今は無理に悲しまなくていいと思う。だって17年間、一度も話せなかったんだもんね。」


 「だけどそれじゃ…… 」


 姉の励ましに咄嗟に反論しようとするもこの先に何を言えばいいのかが全く出てこない。

 当然だ。それは反論しようにも本当のことだし、何よりこの励ましはそのまま心に留めておけばきっと自分の中に溜まり続けた罪悪感からは解放されることが出来るであろう救いの言葉でもある。


 でも、そのはずなのにその救いを素直に受け入れて良いものとは思えない。

 でも、その言葉に反論の余地なんて一切無い。

 でも、母の死を悲しめない自分を"仕方がないから"という理由だけで肯定することは許されて良いはずがない。

 でも、それはなぜだ?

 なぜ、許されないのだ?

 なぜ、許されないと思ったのだ?

 母が浮かばれないからか?

 親父が可哀想だからか?

 姉貴に無理をさせているからか?

 いや、きっとどれも違う。

 そして本当は僕は分かっている。

 気付かないふりをして自分の汚い感情と向き合うことから避けている。

 だが、もう限界だ。

 そろそろ認めざるを得ない。向き合わざるを得ない。

 そう僕は……


 これ以上の罪悪感から逃れたいだけなのだ。

 

 悲しむことから逃げることで生まれてしまう罪悪感。

 それはきっと僕の心に一生残り続ける傷となる。

 だから母の死と向き合おうとする姿を演じ、逃げることを許されざる行為と思い込むことで逃げることから逃げ続けている。

 巷で言われる"逃げる勇気"が僕には完全に欠けているのだ。


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