本日の一冊 「天国はまだ遠く」
「天国はまだ遠く」【新潮文庫】
瀬尾 まいこ作
仕事の人間関係に疲れ、自ら命を絶とうとまで思いつめた主人公の山田千鶴は、日本海地方のうんと奧へと旅立つ。
ひとけのない、一軒の民宿「たむら」にやってきた千鶴は、そこで持参した薬を飲み、自殺を図るのだが、まるまる一日、ぐっすりと眠り込み、清々しい気持ちで目覚めてしまった。自殺は失敗に終わってしまったのだ。
さあ、どうする? 途方にくれながらも、二度とは自殺願望がわいてくるはずがなく、千鶴はそのまま民宿に住み続ける。
民宿「たむら」のオーナーは、千鶴と十歳近く年の離れた田村さんという男性だった。
むさくるしい服装、粗雑な言葉や動作。驚くほどに無精な雰囲気を染みつかせている田村さんだが、彼とともに食事をし、釣りをしたり、鶏をしめたり、さまざまな経験を積んでいるうちに、千鶴の中で何かがゆっくりと変わっていく。
この土地の生活にしっかり根ざして暮らしているようにみえる田村さんだが、彼は都会でやりがいのある仕事をしていたのだが、親の死去にともない、この地に帰ってきたのだという。
「俺、長男やからなあ」
「そんな。古い」
「なあ。俺もそう思うで。……中略……でもこの家、放ったらかしにはでけへんしな。じいちゃんやその前のじいちゃんから、ずっと守ってきた土地やから。やっぱり俺が守らなあかんねんなあ」
そう言いながらも、ときおり孤独感にさいなまれてしまうという田村さん。
何にもとらわれず、生きるためだけに毎日を送る生活になじみはじめている千鶴。
これは幸せなことではないのだろうか……。
田村さんや村の人たち。
たくさんの星、たくさんの樹、山に海に風。
美しい自然と優しい人々に囲まれながらも、ここは自分の居場所ではないと、はっきり感じた千鶴。
ただ、生きていくだけではいけないのだ。
受け身ではなく、もっと、もっと自分から、自分自身の日常を作っていかなくてはならない。
そのためにはここから出て行かないといけないのだ。
千鶴の中に新しい風がわきおこる。
あまりにあっさりとした田村さんとのお別れ。
けれども、持たせてくれた、たくさんのお土産の中に、「民宿たむら」のマッチを見つけた千鶴。
次なる再会がきっとあると読者に予感させて、物語は閉じる。
数ある瀬尾まいこ氏の作品の中で、本書がいちばん好きだ。
いちじは見失ったものの、再び、自分の居場所を見つけようとする千鶴。置かれた場所で精一杯に根をはりつづけようとする田村さんの二人に、思わずエールを送りたくなる一冊だ。




