最終話A 理由はわからない。
Y嗣は亡くなった。
離婚争議に疲れたT佳子が殺したわけではない。
そもそも離婚を言い出す前だった。
R々那の結婚式に彼女の元教育係として出席したY嗣は、B社の若社長の母親に殺されたのだ。
花嫁との不貞を知られていたわけではないだろう。
それに正確に言えば殺されたのとは違う。あれは事故だった。
若社長の母親A絵は、式場でいきなり激高して花嫁に襲いかかったのだ。
体の大きなY嗣はA絵を止めるよう命じられた。
隣に座っていたT佳子は式場の警備員に任せておけば良いと思ったのだが、体育会系の夫は社長に逆らえなかった。止めようとした初老の女性の駄々っ子パンチに突き飛ばされて床に倒れたときに頭を打ち、Y嗣は亡くなった。
そう、A絵にはY嗣に対する殺意はなかった。
事故だったのだ。
花嫁に対して、いきなり殺意が芽生えた理由はわからない。関係者には明かされたのかもしれないけれど、T佳子は知らない。
持病の薬を飲み忘れていたので興奮してしまった、という公表された理由が真実とは思えなかった。
なぜなら、その後R々那とB社の若社長の結婚自体が中止になってしまったのだ。
A絵が花嫁に対して激高して襲いかかるだけの理由が、創業者の代から続く二社の長く深いつながりを断ち切るだけの理由が、どこかにあったことは間違いない。R々那のお腹の子はどうなってしまったのかもわからない。T佳子が知っているのは、その子がY嗣の種ではないことだけだ。
Y嗣の死を受けて、T佳子はAB社から慰謝料をもらった。
もっとも一緒にいたのに息子を助けなかった嫁が悪い、と喚き立てる義母に奪われてしまった。話し合いに影の薄い義父が同行していなかったときに、義母の魂胆に気づけば良かった。義母は止められないように、義父を置いてきたのだろう。
大柄で力の強いスポーツ経験者のY嗣をどうやって助ければ良かったのかT佳子にはわからない。
慰謝料は奪われてしまったものの、Y嗣がT佳子を受取人にしていた生命保険は手にすることができた。
そちらで糊口をしのぎながら、T佳子は正社員の職を探している。
Y嗣との思い出が残るマンションに住み続けるのが嫌で、パートを辞めて実家へ戻って来たのだ。生命保険があったからこそできたことである。
実家の居間でぼんやりとスマホで就職情報を見ていると、買い物から戻ってきた母がT佳子に言った。
「あなたに小包が届いてるわよ。……あらやだ、差出人の記入がないわ」
自分も差出人の記入をせずに手紙を出したことのあるT佳子は、不審に思いつつも母からそれを受け取った。
軽く振ってみる。母は怯えていたが、これで爆発するのなら配達員が犠牲になっている。
特に問題はなさそうなので開けてみた。
中には高価そうな宝石箱があった。
蓋を開けると首飾りがあって、赤いチューリップを模した宝石製のペンダントトップが煌めいている。
ちゃんと保証書も同封されていた。
「あらやだ。あなた砂漠の石油王にでも見初められたの?」
「違うと思うけど……」
「暑いところは苦手なのよねえ。でもお金持ちなら家の中は冷房完備かしら。お母さん、クーラーが効き過ぎてるのも苦手なんだけど、どうなんでしょ」
母の言葉を聞き流しながら、T佳子は思う。
赤いチューリップの花言葉は『感謝』だ。
遠い昔、大学生だったころに、付き合い始めたばかりのY嗣が教えてくれたのだ。
あのころの気持ちを失ってしまったから、T佳子への愛が消えてしまったから、Y嗣は浮気をしたのだろうか。――T佳子にはわからない。もう二度と彼に聞くこともできない。




