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明治の終わり、大正の始まりと第一次高度経済成長

草林「我田引鉄は古い。これからは我田要塞だ!」

 それでは、時間になりましたので、本日の講義を始めたいと思います。

 前回の講義では、草林が章子内親王という伴侶を得、授爵・陞爵し伯爵となって、社会に明るいニュースとなった一方で、その裏では不穏分子の取り締まりがあったことをお伝えしました。そして、日本が第一次高度経済成長期へと突入していったことを最後にお話ししたかと思います。

『朝鮮半島大爆発』の混乱から立ち直り、日本列島改造計画に従って国土機能の強靭化という名の、広範な社会インフラの整備が始まりました。鉄道、道路、港湾、工業地帯、集合住宅など、この公共投資によって建設されたものの中には、現在も現役で使われている施設も少なくありません。英米の優れた工作機械を輸入し、日本工業規格を制定して画一的な製品の大量製造が出来るような努力が払われました。

 勿論、草林が掲げた防衛計画のため、日本全国津々浦々への天文台という名の監視哨建設も進み、それらは二重三重の通信回線で結ばれました。日本陸軍では、宗谷海峡や対馬海峡、紀淡海峡などには要塞砲の据付が始まった他、部隊の移動手段として貨物自動車の積極配備が始まりました。日本海軍では、列強各国が弩級戦艦、超弩級戦艦の整備に勤しんでいるのを尻目に、国産で使い勝手が良く機動性に優れた、戦艦と比べるとワンランク下の『金剛型』装甲巡洋艦を八隻も同時建造し、旧式艦は売却処分するなどして軍事費の圧縮に努めました。

 これらの大規模な社会資本整備に対する積極的な投融資によって、失業率は大幅に低下。賃金は上昇し、人々の可処分所得は増加しました。物価も相応に上昇を始めましたが、特に生活に直結する食糧品については、英米からの輸入、優れた化学肥料や農薬の導入、品種改良により『朝鮮半島大爆発』で起きた冷害に耐性を持ったコメの登場と普及が功を奏し、収量の大幅な増加が達成されたことで、その伸び率は緩やかな許容範囲のものに収まりました。

 国内に働き口が生まれたことで、特に英米との間に生じていた日本人国外移民問題も自然消滅することになりました。働き口が国内にあるのに、態々国外へ移民してまで職を得る必要はありませんからね。

 西暦一九一一年には社会資本整備の一環として九州帝國大学が発足し、日米通商航海条約が締結され、関税自主権が回復。全ての不平等条約の撤廃が完遂されました。第三次日英同盟も締結され、この日英同盟の枠組みの中で、日本は極東情勢の安定化のため、有事には英米権益の保護――言い換えれば、これらに敵対する国々の植民地や利権を保障占領することを求められるようになります。また同時に、『ハーグ陸戦条約』を日本も批准しました。これにより、ほぼ海軍のみを対象とした魚雷戦・衝角戦及びそれに供し得る兵器の所持・開発・保有の禁止条約であった『包括的雷撃禁止条約』に相当する、陸軍を対象とした軍備・戦術制限が行われることになり、陸海軍間の不公平感が是正されています。

 そうした国内情勢の安定と、私事では懸案だった章子内親王の草林との結婚を見届け安心したかのように、一九一二年七月三〇日、明治天皇が崩御し、大正天皇が直ちに践祚し、時代は大正へと入りました。

 この頃の日本周辺の状況を、少し整理しておきたいと思います。

 先ず日本は、大陸から撤退し、国内開発に勤しんでいたことは、既に述べた通りです。

 朝鮮半島は英国植民地、所謂、英領朝鮮となっていましたが、『朝鮮半島大爆発』とその後の大飢饉でほぼ無人の荒野となった朝鮮半島への入植は、主として英領インド出身のインド人の、これはあまり良くない言い方なんですが、低層カーストの人々によって行われました。当然、大韓帝国の生き残りの朝鮮人との間に争いが起きますが、人口と武器で優越する英印人が、この後三〇年ほどかけて在来朝鮮人を駆逐・同化してしまいました。英領朝鮮では主として、農業と軽工業の殖産興業が行われる予定でしたが、これは後に大きく狂うことになります。

 英領朝鮮と国境を接する極東ロシアでは、『朝鮮半島大爆発』の結果、極東ロシア最大の軍港ウラジオストクが灰に埋もれ潰滅。日露戦争で大量の兵士を喪失したロシア帝国には、再度ウラジオストクを開拓し、そこまでシベリア鉄道を伸ばすような人的・資金的余裕がありませんでした。本土であるヨーロッパ・ロシアの防衛の為、急速な軍備近代化と、国内被支配者層を宥め空かす為の、国内改革を実施していたからです。従って極東ロシアは事実上無防備であり、これを守る為に日露米英の四カ国間の国境線を確定し、互いに尊重し、また今後一切の国境線の変更を禁ずるものとする『日露米英国境条約』を締結して、事実上極東地域からほぼ撤退してしまっている状態でした。

 満洲は清国の領土でしたが、北半分をロシア、南半分を米国が『鉄道敷設権』という形で抑えていました。当時の『鉄道敷設権』とは、『ある地点から別の地点まで自由に鉄道を敷設し、またそれに伴う土地収容と鉄道網守備のための最低限度の守備隊の設定を行う一切の権利』でした。当時の満洲は大変人口密度が低い、手付かずの草原でしたから、鉄道を走らせることはイコール植民地を拓くということでした。そして、『朝鮮半島大爆発』で極東ロシアが旨味を喪失し、国内改革にリソースを振りたいロシア帝国は、西暦一九一一年に国際競争入札の形で北満洲の鉄道敷設権を売却すると表明。利権を取り戻したい清国と、米国を掣肘したい英国と、満洲全土の鉄道敷設権を手に入れたい米国の三つ巴となりましたが、金を方々に積み上げた米国が競り勝ち、満洲全域が米国資本の手に落ちました。米国は圧倒的な機械力で、満洲の開拓を推し進めていくことになります。

 清国は、西暦一九一一年の北満洲鉄道敷設権を取り戻すことに失敗したことを直接的発端として、満洲出身の帝室の権威性が損なわれ武漢近郊で軍が蜂起。これが黄河を境に華中以南へと広がり、本格的な内戦へ発展。一九一二年、清国は河北・西部・塞北の後清国と、華中・華南から成る中華民国に分裂します。この一連の清国分裂への流れを、『辛亥革命』と言います。これにより、東アジアで初めて共和制国家が誕生しましたが、実態は軍閥の寄り合い所帯による軍事独裁政権でした。後清国と中華民国は、黄河流域の長大な自然国境線を挟んで睨み合い、時折小競り合いを繰り返しました。列強諸国は挙って、中華大陸情勢の安定化を名目に、武器輸出を進めます。後清国には日英独が、中華民国には米仏露が主として支援を行います。この背景には、同じ君主国の誼で後清国が中国大陸を制してほしい日英と、山東半島に利権を持つドイツの利害一致と、共和制国家に中国大陸を制してほしい米仏と、フランスの財政支援で国家を建て直そうとしておりあまり強くフランスの意向に反することが出来なかったロシアという構図があります。すぐ後の第一次世界大戦で、この構図は破壊されるのですが、『朝鮮半島大爆発』後の勢力図としては大体このような状態でした。

 この清国分裂による混乱で、中国大陸の生産力は大きく低下。近代的工業機械で生産される安価な製品の殆どを、国外、特に近在の工業国である日本や、より大量で安価に生産できる英米などからの輸入に大きく頼る、輸入超過の状態に陥ります。日本の第一次高度経済成長は、こうした中国大陸の政治的・経済的な混乱に支えられていた側面があることは、決して忘れないでください。

 さて、こんな中国大陸の混乱と欧米列強による蚕食を尻目に、第一次高度経済成長で経済的に大きく躍進していた日本ですが、問題がないわけではありませんでした。品種改良で収量が増え、冷害にも強くなったとは言え、依然として主食であるコメの自給率は一〇〇パーセントには程遠く、西暦一九二〇年度以降は綿麦借款が切れますから、そうなると輸入にはカネがかかることになります。日本は何としても、一九二〇年までには、食糧増産の傍らで食糧輸入が必要となっても揺らがないような、経済的基礎体力をつける必要がありました。幸い、年五パーセント、時には七パーセントもの雨後の筍のような勢いで日本経済は成長を続けていましたから、そのペースで行けば、一九二〇年頃には一九一〇年時点の一・五倍近い経済規模への発展が見込まれていました。物価変動値などを加味した上での数値がこれでしたので、このまま日英同盟を中心として、英米経済圏と緩く連接しながら、欧米列強から睨まれない程度に日本列島を大改造して高度防衛要塞化する。そのような目論見が、当時の国家中枢を占めた人々の考えでした。

 尤もそれは、第一次世界大戦の勃発により、一旦御破算となってしまうわけですが――丁度時間になりましたので、本日の講義はここまでとします。

 例によって、ここまでの講義での疑問点、深掘りしたい点、参考資料等の問い合わせにつきましては、次回講義までに私の研究室まで簡易レポートの形で提出するようにしてください。

 では、また次の講義でお会いしましょう。

フラグ「ドーモ、日本の皆サン。フラグです」

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― 新着の感想 ―
そうか 第二帝政ドイツも君主国陣営よね・・・ ジョージ5世とヴィルヘルム2世は従兄弟だし
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