表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/8

高野・五十六「だが君は草を生やす側だろう」

一体誰が待ち受けていたのでしょう?(スッとボケ

 それでは、時間になりましたので、本日の講義を始めたいと思います。

 前回は、急遽発足した草林内閣が『朝鮮半島大爆発』の初動対応を行い、当面の食糧確保の目処をつけた所までをお話ししました。

 前回講義についての質問で、『草林内閣が早々に退陣しようとしていた節があることが分かる、具体的な資料を教えてほしい』というものがありました。これはですね、元老の山縣・有朋や、当時の草林内閣の面々、憲兵時代の同僚などの日記やそれを元にした伝記などで、面会した草林が『こういうのはガラじゃないんだよ、俺は誰かの後ろで暗躍したいんだよ。さっさと誰かに任せて隠遁したい』という趣旨のことを度々漏らしている、といった記述が複数確認出来ますので、ほぼ間違いなく早期退陣したかったのだろうと考えられます。

 ちなみに、一番詳細に記述してあると考えられるのは、草林内閣の内閣官房長官を務め、その後内閣総理大臣に就いた原・敬が記した『草林言行録』でしょう。若き国家指導者となった草林のぼやきと、それを支える内閣官房長官となった、新聞社の主筆を務めたこともある原の鋭いツッコミを読む事が出来ます。

 さて、そんな内閣総理大臣に就いた者としては中々見ることが難しい、草林本人の権力や地位への執着の無さに反して、彼は史上最長の長期政権を担う羽目になる訳ですが、その原因の一つは、彼が軍からも人員を出させ『朝鮮半島大爆発対策本部』に詰めさせ検討させた、『朝鮮半島大爆発の原因』である『天体衝突対策』でした。

『朝鮮半島大爆発』の原因が天体衝突であることは、既に第三回の講義で述べた通りです。この天体衝突は、日本列島からは東から西の水平線の彼方へと上空を横切る、日中の流れ星として観測されていました。当時の技術ではこれを邀撃するのは極めて困難な任務であることは、極めて高度な多段階弾道ミサイル迎撃システムが実用化され完全に整備されたのが、ごく最近二〇年の出来事であることからしても分かることかと思いますが、当の草林は極めて大真面目に、決して技術的に不可能であると諦めることなく、一縷でも望みがあるのなら実現へ向けての検討を指示しています。

 草林の指示は、概ね次のようなものでした。


『朝鮮半島大爆発の原因が、流星の衝突であることは数々の目撃証言や事態の推移、数々の調査結果などから明らかになことであり、朝鮮半島大爆発対策本部には、改めて次の事項について対処計画を策定されたい。

・日本に接近し被害を及ぼす可能性のある天体等の飛行物体に対する観測網整備計画の策定

・観測網に連動した、朝鮮半島に落着したと見られる天体と同程度のものを邀撃する計画の策定

・朝鮮半島に落着したと見られる天体と同程度のものが日本に落着していた場合の被害想定を、落着地点を全都道府県の県庁所在地だったと仮定して全ての場合を検討し策定

・被害想定を基に、国民の避難計画、及び国家機能の維持・被害回復計画の策定』


『朝鮮半島大爆発』の初期の混乱から立ち直り始めていた西暦一九〇九年末からの帝國議会に於いて、草林は施政方針演説として『朝鮮半島大爆発対策本部』にこのような指示を出していることを明らかにし、議員諸氏や国民世論の理解を広く求めました。折しも、同年九月十二日にドイツのケーニッヒシュトゥール天文台でハレー彗星の接近が発見されたばかりで、日本を始めとする東アジアでは、これが新たな天体危機に発展するのではないかという不安が囁かれ始めたばかりであったことから、草林内閣の掲げた『観測網整備』と『邀撃計画』の策定は、特に国民にも分かりやすい対策として賛意を得ました。

 西暦一九一〇年時点では、日本の国土は東は千島列島、南は小笠原諸島、西は台湾、北は樺太まで広がっていましたが、日本は大真面目にこの全土に国立天文台を整備し、その隣に陸軍衛戍地を置いて巨大な要塞砲レベルの大きさの対空砲を設置し、或いは適切な位置に陸軍衛戍地を配置出来ない場合は海軍艦艇を適宜遊弋させ、これらの備砲の射撃を以て天体を邀撃する計画を立てました。勿論、この計画全てを単体でそのまま本気で実行した場合、国家財政は完全破綻することは誰の目にも明らかでしたから、実際にはより広範な国土総合開発計画が建てられました。

 詰まり、当時の国家の生命線とも言える鉄道の整備すなわち『鉄道敷設法』の早期完全達成と、当時既に逼迫し始めていた東海道本線・山陽本線の線路増。保有船舶、特に民間商船の高性能化に対する補助金・助成金の拡充。港湾施設や貨物駅の改修・拡充。欧米に倣った高度工業地帯の建設。それらの需要を満たす為の発電所の増加。また、都市部ではより速やかな避難行動達成のため、区画整理が始まり道路幅の大規模拡充が行われ始めました。所謂、『日本列島改造計画』の始まりです。

 幸い、大陸利権を手放し食糧の手当てが出来ていたことで、草林率いる日本には比較的元手に余裕がありました。また、英米の植民地となった朝鮮半島や満洲を整備するのに、日本の立地と適度に工業化されているという条件は、英米にとっても好都合でした。全くの荒野である朝鮮や満洲へ進出するのに、根拠地となる適度な工業国が近くにあるのと無いのとでは、難易度が全く異なるからです。英米が開拓に必要とする工業製品の内、本国から運ぶよりも安価になるものは、日本で調達が行われました。

 この英米の投資行動により、『朝鮮半島大爆発』でダメージを受けた日本経済は、息を吹き返すことになります。経済が息を吹き返し、食糧事情も安定したのを見て、元々『皇族の命を救った英雄』として国民的人気の高かった『救国の草林』の人気はますます高まり、草林のアーリーリタイア実現はますます遠のきました。

 が、人々の間では、草林に一つの不安要素を持っていました。

 この草林内閣は仕事中毒の者が多かったのですが、特に内閣を率いる草林は、就任から一日たりとも公休を取ったことが無いのです。土日祝日、いつも首相官邸に詰めて、書類や資料と格闘していた記録が複数残っています。

 幾ら労働基準法が無い時代のことだからと言っても、これは草林の方が異常です。本人に自覚があったかどうかは定かではありませんが、もしかすると草林は、仕事中毒になり易い自分を自覚しているが故に、アーリーリタイア願望を唱えていたのかも知れません。

 ともあれ、日本経済が息を吹き返し始めると、仕事中毒に過ぎる草林の健康状態を心配する声が市井から上がり始めます。草林は独身未婚で交際相手も無く、浮いた話は過去から当時現在に至るまで何一つありませんでした。話は市井の声を気にしていた元老の山縣・有朋を経由して明治天皇まで届き、草林は明治天皇から呼び出され、直々に下問を受けます。

 曰く、


『其方は全く休みを取らぬが、何時休んでおるのか。誰ぞ、心安らがせる相手でもおらんのか』


 これに対し草林は、


『私は仕事が恋人にて、仕事を相手にする時が一番心安らぐのです』


 と返したと記録が残っています。

 あまりにあんまりな答えに呆れ返った明治天皇はその場で、


『国民が仕事一辺倒の其方を心配しておる。朕もだ。よって次の土曜日、日曜日は職務停止を命じる。内閣総理大臣臨時代理は内閣官房長官に任せ、其方は朕の用意する宿で頭と体を休ませるように』


 と勅命を下し、草林の抗議も意に介さず、草林の頭越しに内閣官房長官の原・敬や関係者、帝國議会に草林の強制休暇を取り付けました。

 こうして強制休暇となった土曜日の朝、首相公邸に迎えの勅使の馬車を送ってまでして、草林は赤坂御苑に呼び出されます。草林はそこで、後の妻との運命の出逢いを果たすのですが……時間が来てしまいましたので、本日の講義はここまでとします。

 例によって、ここまでの講義での疑問点、深掘りしたい点、参考資料等の問い合わせにつきましては、次回講義までに私の研究室まで簡易レポートの形で提出するようにしてください。

 では、また次の講義でお会いしましょう。

高野・五十六「草はやし(生やし)だけに」

草林・太郎「やかましいわ!」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ