第67話「だって美月のこと、応援するって言ったから……」
「…………な、なんのこと?」
陽菜が知らんぷりをした。
なぜ知らんぷりをしたのか俺がわかったかと言うと、陽菜の肩がビクッと大きく跳ねたし、答える前に不自然過ぎる間があったし、何より声が震えていたからだ。
明らかに動揺しているのが、付き合いの短い俺でも一発でわかった。
だから小学生の時から親友をやってる木陰さんが、陽菜の態度の変化気付かないはずはなかった。
でも待て。
俺が運命の王子様だって、木陰さんは言ったよな?
うん、間違いなくそう言った。
で、陽菜も陽菜で、この前そんなことを口走っていたような?
いったい何がどうなってるんだ?
まさか俺は陽菜の「運命の王子様」なのか?
いやいや、さすがにそれは自意識過剰系の男子が過ぎるだろ。(アルティメット大爆笑)
それ以前に、そもそも俺みたいなモブ男子Aが、キラキラ美少女の運命の王子様になる理由からして想像もつかないっての。
「さっき拓海くんがね。この前の休みの日に、陽菜ちゃんの家で懐かしいマウンテンバイクを見たって言ってたの」
「ぁ──」
んん?
なんで急にその話が出てくるんだ?
陽菜も陽菜で、やけに驚いた顔をしているけど。
でも今はその話は関係ないよな?
「しかも拓海くんは昔、チェーンが外れて困っていたのを直してあげたことがあったんだって。これってつまり、そういうことだよね?」
「それは、えっと……ち、ちがくて……」
「違くないよね? 拓海くんが、陽菜ちゃんが自転車のチェーンを直してくれた男の子。一目惚れして、ずっと好きで、ずっと探していた『自転車の王子様』なんだよね?」
…………。
はぁぁぁぁぁっっっっ!?!?
俺が自転車の王子様だって!?
俺が昔チェーンをハメてあげた時に陽菜が一目惚れして、それから陽菜は俺のことをずっと好きだったって?
おいおい木陰さん、君は一体なにを言っているんだい?
そんな低予算ドラマみたいな安直で強引なやっつけラブコメ展開が、モブ男子Aに起こるわけがないだろ?
「…………」
って、陽菜もなんでそこで黙り込んじゃうのさ?
いつもなら『たくみんが運命の王子様とかウケるー!』って笑い飛ばすとこだよな?
えっ?
ってことは――――――――――えぇぇぇぇぇぇぇっっっっ!?
俺はマジのガチで、陽菜の運命の王子様だったのか!?
よく、声を出さなかったと思う。
俺は驚きと混乱で居ても立っても居られずに――だけど忍ぶ者としてこの場から動くことはできなくて――俺の足にスリスリしていたクロトをヒョイっと抱き上げることで、少しでも心を落ち着かせようと試みた。
しかし、そんなひどく混乱する俺のことなんて気にも留めずに──盗み聞きしてるので当たり前だが──木陰さんは話を進めていく。
「だから自分から身を引いたんだ? 拓海くんと距離を取ろうとしたんだ? 私と取り合いになるからだよね?」
「…………」
「ねぇ陽菜ちゃん。どうしてさっきから黙ってるの? 違うなら違うって言ってよ? 黙ってたら陽菜ちゃんの気持ち、わからないよ?」
「…………っ」
「ねぇ、陽菜ちゃん? 黙ってるのは──ずるいよ」
その一言が効いたのか、陽菜は2,3度口をパクパクと無音で動かしてから、静かに語り始めた。
「だって……」
「うん」
「だって美月のこと、応援するって言ったから……」
陽菜が絞り出すように呟いたのが、風に乗って聞こえてくる。
かすれ声だったので、俺の位置で聞こえたのは奇跡的だったと思う。
そしてそれはいつも明るく元気な陽菜らしからぬ、とても弱々しい声だった。




