第130話 下級吸血鬼と第四階層
目の前に広がっているのは、頑丈そうな岩で構成された一つの山である。
これこそが第四階層であり、岩山の周囲は底が抜けて空中に浮いているようだった。
俺が立っている場所から、岩山に向かって一本道が伸びていて、たった今、降りてきた階段と、岩山に行く以外の道は存在していない。
底が抜けているところ、その下はいったいどうなっているのかって?
それを知った人間で地上に戻った者はいないから分からないな……。
知りたいのなら、試しに落ちてみればいい。
きっと自分の目で見れるだろう。
などという冗談は置いておいて、実際のところはロープなどを使ってどこまで見に行けるか試した馬鹿もいるのだ。
しかし、結局、一番下がどこまで続いているのかは分からなかった。
浮遊系の魔術などを使ったり魔道具を使ったりしても墜落するようで、やはりどうやっても調べられないらしい。
俺の羽ならどうだろうか……使った結果落ちたらあれだから試す度胸はない。
ただ、第四階層の本体部分というか、岩山部分は見た目通り空中に浮いている格好だと言うことだけは分かっている。
つまり、この岩山は空に浮いた島のような存在なのだ。
そんなものが迷宮の中にあるとはどんな原理なのかと心底思うが、今更である。
そもそも、たったいま降りてきた階段の高さよりも岩山の方がはるかに高い。
階段は岩山とは反対方向に浮いているような形で存在している岩の中に飲み込まれるように続いていて、そこから降りてきたわけだが、明らかにその岩の周囲には何もなく、なぜ岩の中に入っていくと第三階層に行けるのかも謎だ。
「……おっと、来たな」
ぼんやりと面白い光景に見入っていると、岩山に続く一本道の向こうからわらわらと何かがやってくるのが見えた。
当然、魔物である。
第四階層に入ると、歓迎のようにしてやってくると言う話は聞いていた。
正直いらない歓迎である。
まぁ、普通の平坦な場所でなら、獲物になる魔物が向こうから寄ってきてくれるので探す手間が省けていい、という話になるかもしれないが、場所が場所だ。
両端に手すりもなく、ただどこまでも落ちていけそうな空間だけがある細い一本道で戦わなければならないと考えると、げんなりするのも当然の話だった。
第四階層から先は銀級推奨とされる所以である。
どうやってあれを攻略するのか、というとそれはパーティ構成にもよるが、誰にでも出来て手っ取り早いのは、魔物が現れる前にさっさと一本道を走り抜けてしまう方法だろう。
その上で、地面のしっかりとした、落ちていく可能性のない場所で戦うのだ。
しかし、周囲の光景に見とれて時間を浪費してしまった俺にその方法は無理である。
そもそも、その方法はかなり賭けの要素が強く、一本道を渡っている最中に魔物が現れる可能性も十分にあり、その場合は却って窮地に陥るのであまり薦められる方法ではないのだ。
では他にどんな方法があるかというと、魔術によって遠くから攻撃していくというものが一番危険が少なくて楽だと言われている。
あの一本道はあれで迷宮の重要な部分だからか、とてつもなく頑丈に出来ていて、通常の攻撃程度では、まず、破壊できない。
そのため、あのあたりを通ってやってくる魔物たちに向けて、延々と魔術を放つのだ。
うまくやれば致命傷を与えずともぼこぼこ横に落ちていくという寸法である。
素材は採ることは出来ないが、魔物は岩山にたくさんいるわけで、その辺は気にしないという訳だ。
しかし、これについても却下である。
俺は魔術は使えない。
エーデルも未だに疲れているようで、ぐでっとして頭の上に乗ったままだ。
しばらく戦う気はないらしい。
俺の眷属になったのだからもう少しスタミナがあってもよさそうだが……まぁ、そこが主と眷属の違いなのかもしれない。
まぁ、そういうわけで、俺には一つしか方法はない。
つまりは、真っ向勝負である。
一本道をまっすぐ進み、落ちないように気を付けながら相手を倒すか突き落としていくのだ。
落ちてしまったら、使えるかどうかは分からないが、自前の羽を活用することになるだろう。
落ちないといいな……。
さて、行くか。
魔物たちが一本道の半ばまで来ている。
数は三体だ。
それほど大量に来ることは無いのは、迷宮の配慮か何かなのだろう。
あまり長居するとどんどん増えていくらしいが、普通に進む分にはそうはならないという。
どれくらいが“長居”なのか分からない以上、出来るだけ早く倒さないとな……。
◇◆◇◆◇
第四階層で出現する魔物は色々いるが、この“歓迎”で現れるものはほとんど決まっている。
それは、人間のように二足歩行している。
てらてらと光る肌は鱗が全体を覆っていて、その口にはギザギザとした鋭い歯が生えている。
金属製の鎧と武器を持ち、縦長の瞳孔が輝くその瞳でこちらを睨みつけているその魔物。
それは、蜥蜴人である。
見た目が非常に似ている存在に《竜人》というのがいるが、こちらの方は魔物ではなく亜人種のひとつとされている。
しかし蜥蜴人は紛うことなき魔物であり、人を見れば問答無用で襲い掛かってくる。
案の定、俺が一本道を歩き始めると、蜥蜴人たちはいきり立って走って来た。
手に持っている武具は様々で、剣に槍、曲刀であった。
一体どこから武器を手に入れているのかと思うが、豚鬼たちと同じだろう。
つまりは、力尽きた冒険者から奪うか、湧出した時点ですでに手に持っていたかのどちらかだ。
あまり質の良さそうなものではないので、おそらく今目の前にいる彼らは後者の方なのだろう。
第四階層まで来れる冒険者はそれなりの武器を持っているからな……。
俺は体と剣に魔力を込めつつ、彼らに向かう。
あまり速度を出し過ぎると弾かれた勢いで空中に投げ出されそうなので、ゆっくりとした歩みだ。
蜥蜴人の方はその辺り、なにも考えていないのか、それとも助走をつけて俺を一撃で吹き飛ばすつもりなのか、結構な速度で向かってくる。
打ち合うと危険そうだな……そう思った俺は、目の前までやってきた蜥蜴人の横薙ぎの一撃をしゃがんで避け、そのまま懐に入って、思い切り切り付けて弾き飛ばした。
「ギギィ!」
という何かがこすれ合うような叫び声を上げて、蜥蜴人は吹き飛び、後ろにいた蜥蜴人二体と衝突する。
俺の二倍、いや、三倍は体積がありそうな体である。
重量もまた相当のようで、そんなものが衝突してきたからか、最も後ろにいた蜥蜴人は衝撃を殺しきれずに、道を踏み外してずるり、と横に落ちていった。
落ちる直前の「あ……」という蜥蜴人の表情が何とも言えない哀愁を帯びていた。
「ギギギギ………」
という声が徐々に遠ざかって、聞こえなくなる。
果たしてあの蜥蜴人は永久に落ち続けるのか、それとも足をつける場所に高速度で辿り着いて潰れるのか、それは確認できないから分からない。
ただ、俺が思ったのは、ああはなりたくないな、ということである。
そのためにはあと二体、あれと同じ運命を辿らせなければな。
そう思って、俺は改めて残った二体の蜥蜴人に向き直った。




