トリオ 24
2017年1月3日。
俺は自室でコーヒーを飲み、優雅でノンビリとした時間を過ごしながらも、居心地の悪さを感じていた。
実の所、未だに親父の再婚相手に慣れていないのだ。
中学の頃から家の事を任されていたので、俺には俺なりのルールがあったし、再婚相手にもルールがあって、それが1つ屋根の下でぶつかるのだから、嫁と姑的な関係になってしまうのは仕方のない事。
仲良くしようなんて、初めから無茶だったんだ。
それでも親父が全力で再婚相手の味方をしているから、俺は何か思う事があっても黙るしかなくなり、そうする事で徐々に肩身が狭くなり、終には自室から出るだけで嫌な顔をされるまでになってしまった。
コツコツ。
ダイニングから聞こえて来る少々荒い物音と、思いっきり吐かれている溜息に混じって、そんな軽い音が聞こえてきた。
なんだろう?そう耳を済ませているとまた、
コツコツ。
窓をノックする、独特な音。
まさかと思いながら少しだけ開けてみた窓の外には、毛むくじゃらの姿。
「え……?」
幻覚を疑ってしまうほど信じられなかった。
小競り合いが始まってから2ヶ月程。全く顔を合わせなくなってから半月ばかり。それなのに、何故今更?
「よぉ」
よぉ。じゃなくて!
車の中で話そう。と言う事になり、俺は急いで着替えて駐車場に向かった。
既に車に乗っている毛むくじゃらが手招きしてきて、後部座席にいる1代目が笑顔でドアを開けてくれたから、俺は余計な事を考えずに車に乗り込む事が出来た。
こうして話し合いが始まる……と思いきや何も始まらず、車は何処かを目指して走り出し、毛むくじゃらと1代目の住むマンションの駐車場で停まった。
「話しならここで聞く。なに?言うて。全部聞くから」
車から降りようとしていた毛むくじゃらを呼び止めて、そんな事を言った。
部屋に入りたくなかった。入ってしまうと、またズルズルと半居候を続けてしまいそうで嫌だったのだ。
無言のまま言葉を待っていると、隣にいる1代目から自信なさそうな小声で、
「今年もよろしくお願いします」
と、新年の挨拶が聞こえてきた。
そうじゃなくて、縁を完全に切る為に言いたい事を最後にぶちまけて欲しいのに、よろしくって……それとも、俺に気付いて欲しい何かがある?
考えを巡らせて見付けた答え。それは、合鍵だった。
もう半居候は終わりだと部屋を出た半月前、合鍵の返却を忘れると言う初歩的な失敗をしていたのだ。
「ごめん。鍵忘れてた」
ポケットの中に入れていた合鍵を出して、運転席にいる毛むくじゃらに向かって差し出したのだが、受け取らない。
受け取る素振りすら見せない。
そして無言。
他にも何かあっただろうか?と、俺は鍵を差し出した格好のまま、また考えを巡らせてみたが特に何も思い付かず、降参とばかりに「ん?」と首を傾げた。
「どうせなんも食ってへんねやろ?」
やっと喋った毛むくじゃらから聞こえたのは、こんな言葉。
どうせってなに?それがなに?
話し合いをしないつもりか?だったら、こっちから言いたい事を言ってやる!
「鬱陶しいんやろ?やったら放っといたらえぇやん」
悲観している訳ではなくて、ただの疑問。鬱陶しいと感じる人間に、自分から係わろうとしてくる意味が分からない。俺なら絶対にしない行動だ。
「お前は鬱陶しいってよりも、物凄い面倒臭い奴な」
そう言いながらポンと合鍵を持っている俺の手を叩いてくる毛むくじゃらは、無表情だ。それにしても、ただの面倒臭い奴。ではなく、物凄い面倒臭い奴?
「なにそれ。メンドイなら、それはそれで放っといたらえぇやん」
距離が開いた折角のチャンスなんだから、しっかりと活用すれば良いんだ。俺もそのつもりでいるし、そうするつもりだ。
他の誰に「ウザイ」とか言われても聞き流せるし、嫌われようが何しようが無視する事が出来る。大きな溜息を吐かれたって、居心地は悪くなるけど同じ空間にいる事は出来る。
けど、友達から「ウザイ」と言われたら聞き流せないし、嫌われたら即刻立ち去りたいし、溜息なんか思いっきり吐かれたら、居た堪れなくなって逃走する。
だから全力で立ち去りたい。
「嫌いじゃないんやからしゃーない。それより腹減ってへん?うどん作るわ、うどん」
お人好しも大概にしろ!
毛むくじゃらが作ってくれたうどんは、毛むくじゃらと1代目には少しばかり薄味だったようで、
「薄っ」
「水が多かったんですかね?」
とか言い、七味やねぎを入れて味を誤魔化しながら食べていたけど、辛い物や甘い物が苦手な俺にとっては丁度良い、優しい味だった。
「ありがとう。美味しかった」
ニッコリと笑顔で毛むくじゃらと1代目に手を振って、トボトボと歩いて帰路についている俺のポケットの中に、合鍵はない。




