第7章 人の命(4)
「できれば殺したくないんだけどな」
僕がそう呟いたとたんに、殺気をもって斉藤が斬りかかってきた。とっさに手元にあった刀で防ぐ。剣と剣とがぶつかったところで、彼と目があった。
「その目だ」
意味が分からなくて、僕がパチパチと瞬きをすると、斉藤はすっと刀を降ろして納刀する。
「一瞬だけ見せるお前のその目は、人を殺したことがある奴の目だ。それも一人や二人じゃないだろう」
その言葉に僕は頭を殴られたような衝撃を受けた。
「隠す必要はない。ここに居るのは皆人斬りだ」
斉藤はそう言って僕をじっと見た。
「自分を守って何が悪い。必要なら殺せ」
殺せ。
その言葉が頭に響く。
「お前の命を大事にしろよ」
そう言って斉藤は去っていった。
人殺しの目…か。そんなものを僕は持っていたんだ。紅い瞳だけじゃない。
人を殺したことがある…あるよ。多分、今ここにいる誰よりも…殺してるよ。
僕は刀を置いて、両手を組んで、自分の顔を伏せた。
拭った血で汚れて、くしゃくしゃになって、足元に落ちている懐紙が、まるで自分の心を写しているように感じる。
「お兄ちゃん?」
しばらくじっとしていた僕のところに彩乃が顔を見せた。
「何してるの?」
僕と傍らにおいてある刀を見比べる。
「あ、いや、刀の手入れ」
「大丈夫?」
「何が?」
「お兄ちゃん、泣きそうな顔してるよ?」
思わず僕は片手で自分の顔を覆った。まいったね。
そのまま俯いていると、彩乃がぽんぽんと僕の背中をなでた。彩乃がまだ幼いころ、泣くたびに僕がやった仕草だ。それを今、彩乃が僕にしている。
「お兄ちゃん、疲れちゃったんでしょ」
「そうかな」
「うん。知らない時代、知らない場所で、気を使って」
本当は別に理由があるんだけど、でもそういうことにしておこう。
「そうかもしれないね」
彩乃が刀を避けて、僕の隣に座った。
「お兄ちゃん、少し休んだらいいよ。わたしも頑張るから」
そういうと彩乃は僕を伺うように顔を覗きこんできた。
「ね?」
「うん。でも彩乃は頑張らなくていいから」
「なんで?」
「お願いだから」
そう。お願いだから。頑張らないで。この時代で、この場所で頑張ることは人を殺すことにつながるから。
だから彩乃。頑張らないで。人を殺さないで。僕たちは人じゃない。人とは違う種族だけど。それでも、生き物の命を奪うことを日常にしないで。
彩乃。君だけは。




