第6章 政変…のはずですが(7)
「あ、早太郎くん」
今日も暑い日だった。僕は同じく非番の安藤早太郎くんを呼び止める。ほら、例の弓の名人だよ。超スピード技で丸一日矢を射ていたっていう。
「なんすか?」
「早太郎くん、京に詳しいんだって?」
「ま、京で坊主やってたっすから」
ニッと笑う。
坊主頭だな~って思ってたんだけど、本当に坊主だったんだ。
「あのさ、京でどっか水浴びできるような滝とかないかな。できるだけ人が来ないようなところ」
「水浴び?」
「あ、いや、滝行とか」
うーん…と早太郎くんが考え込む。
「ちょっと遠くてもいいっすか?」
「いいよ。別に」
「稲荷山なんかどうっすか」
「稲荷山?」
「伏見稲荷の参道から外れたところに滝行の場所があるっすよ」
あ~。伏見か。まあ、行けない距離じゃないな。飛べばいっか。
何を考えているかっていうと、シャワーを浴びたいんだよね。風呂は公衆浴場で、なんというか、熱い湯に入るだけ? 頭とか洗えないんだよ。それで僕と彩乃は毎日井戸の水を汲んでは、髪を拭ってるんだけどもう限界。
昨日も二人で、「シャワー浴びた~い」ってぶつぶつ言ってたんだ。
この時代の人は、基本的に頭を洗わない。髪は櫛で漉くだけ。そして香りのする油を塗って撫で付ける。僕らには絶えられない。
いや、現代でも四、五十年前まではお風呂は夜に入るもので、髪を洗うのは数日に一回。まさか毎朝シャワーを浴びられるような時代が来るとは思ってなかったけどさ。でも毎日のお風呂とか、シャワーとかになれちゃうとさ…。
うん。夜中に伏見稲荷に行ってみようかな。その前にシャンプーの代わりになりそうなものを手に入れないとね。
「ありがとう。早太郎くん」
「いいすよ」
ニッと笑うと、彼は行ってしまった。いい奴だよ。
そういえば、早太郎くんも副長助勤? だったかな? になったんだっけ。まあ弓も引けて、刀も使えて、度胸もあるしね。うん。いい人選じゃない? って、その役職が何やる人か、知らないけど。
シャンプー…は無理だろうなぁ。えっと石鹸か。
僕は古い知識を引っ張り出す。ほら戦争中とかって物がないじゃん。だから自分で色々作ったんだよ。
そういや泥とか細かい灰とかで落としたこともあったなぁ。石鹸とはいえないか。
えっと…石鹸は…。アルカリ性と油分を反応させて固形化して界面活性作用を利用して汚れを落とすのが仕組みだったはず。おお。意外に覚えてる。
アルカリ性…灰か。あと油は色々あるな。うん。
石鹸シャンプーって、髪がバリバリになるんだよね~。だとするとコンディショナー代わりの酸性のものだな。酢か、レモン…じゃないけど、あちこちで柑橘系の実がなってるのを見るから、あれを一つもらってこよう。
僕は頭の中でざっと計画を立てると、とりあえず竈の灰をもらいに台所に行くことにした。
もらった灰をふるいで振って、細かくして、それから桶に入れて、水を入れる。これで明日の朝か、そのぐらいにはアルカリ水ができるはず。
「お兄ちゃん、何やってるの?」
水を入れた桶を僕は自分の部屋に持ってきた。捨てられても困るしね。あとは油だ。とりあえず椿油を手に入れた。これも結構高価なんだよね。好みからいくと香りがいいから丁子油だけど、そっちはもっと高い。
「石鹸作るんだよ」
「えっ? 作れるの?」
彩乃の目が輝いて、僕の持つ桶を覗き込む。
彩乃も期待してるな。そりゃそうだ。石鹸がないからね~。身体をこするだけだと、汚れは落ちないし。




