表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Red Eyes ~ 吸血鬼の落ちどころ ~  作者: 沙羅咲
特別番外編 I I
629/639

間章  隣の人は・・・

---------- ニコル視点 ----------


 一族の管財人になってどれだけ経ったのか。銀行や証券会社へ出向いて商談をするのは慣れたとはいえ、うっかりボロを出さないように神経を使うものです。


 ロンドンでの打ち合わせを終えて、高速道路モーターウェイなら2時間ほど西へ走れば屋敷がある街へ。百年ぐらい前は、ロンドン近郊に屋敷を構えていたとも聞きますが、先々代の騒動の際に引き払ったとのこと。移動は楽だったかもしれませんが、この周りに何もない田舎街の風情は嫌いではありません。


 屋敷へあと30分ほどの距離。その前に街にあるパブへ寄るのがささやかな楽しみだったりします。適当な場所へ車を止めて、いくつかあるパブのうち、どこへ行こうかと考えつつ見回せば、新しい看板を見つけました。前はどんなお店が入っていたか思い出せませんが、行ってみるしかないでしょう。


 レッドライオンとかかれた吊り看板の下のドアを開ければ、昔ながらのカウンターに椅子が並び、手前にはテーブルがあります。奥から聞こえるカンという高い音は、ビリヤードですね。ゲームに興じている男たちが、キューを片手に、もう一方には酒を持って、ビリヤードテーブルの周りを囲んでいます。


 店主が代わり、店の名前が変わり、時代が変わってもパブの雰囲気は変わらないのが良いところです。壁際に並ぶボトルを物色すれば、あまり代わり映えのしない品揃え。面白い酒でもあれば良かったんですが、残念です。


「ゴードン。ロックで」


 カウンターの向こうにいる無表情なバーテンダーに頼めば、じゃばじゃばと酒が注がれて出てきます。マスターによれば日本ではきっちり量って出てくるそうですよ。こちらは経験値。それでもワンフィンガー分はきちんと入っているようです。


 紙幣と交換にグラスを受け取り口をつければ、ジンの香りが広がります。この程度では酔えなくなったけれど、香りは好きですよ。古くからあるパブだと葉巻やタバコの香りがしますが、この店からするのは酒の匂いとわずかに香る塗装の匂い。イングランドで禁煙が施行されてから、パブの匂いも変わりました。


 ゆっくりと転がすように、グラスの中の氷を回しながらジンを飲んでいれば、離れた場所にいる客の声が聞こえてきます。人間なら聞こえないような潜めた声も、一族の耳を持ってすれば聞こえてくるのです。


「心配するなって。中の奴が上手くやるって言ってんだ」


「けどよ。幽霊屋敷ホーンテッドマンションって呼ばれてんだろ? 俺のばあちゃんの頃から入ると呪われるって…」


「馬鹿。おまえ。中で働いている奴がいるんだから、呪われるってあるか。お宝ざっくりだとよ」


「そいつぁ、すげぇけど…」


「おうよ。国宝級の宝が地下室に山ほど眠ってるんだと」


 そこで何かがひっかかります。国宝級の宝? 地下室? 何か知っている場所と重なるような…。


「そんなに凄けりゃ、警備も厳しいだろうよ」


「だから、それを中の奴らが上手くやるんじゃねぇか。警備システムを切っちまえば、こっちのものだってよ」


「けど…」


「いい加減、腹をくくれよ。お前だから誘ってやったんだぜ? でかいだけの屋敷だ。他の奴らだって慣れた奴ばかりだ。しくじりゃしねぇって」


「外から覗いても広い屋敷だろ? 現場を確認できねぇってのが不安だ」


「大丈夫だ。見取り図はある。入れるのは正面の門のみ。裏門はねぇ。ぐるっと塀が囲っている上に、裏は丘一つが敷地の中にある。こいつを渡るとなると森を抜けるから厄介だ。だから今回は表から突破する。だが逃げるときには裏からって手もある。森に逃げ込めば、屋敷の奴らだって難儀するだろうよ」


 まったく同じ形の屋敷を、よく知っている気がします。敷地内に丘があり、ついでに言えば池というか湖もあります。かなり広大な敷地を保有していますから。そして建物から一番近いのは道路に接した門だけで、他はぐるりと塀で囲ってあります。門から建物まででも軽く一キロはありますね。


 屋敷の地下室には宝物庫。マスターの先祖が代々蓄えた宝が眠っています。先々代の時代に一度減っていますが、先代が増やした分もあり。相当な分量です。当時は安いものだったのでしょうけれど、宝物庫に眠っているうちに価値が出た美術品の類も多いですから。


 しかし甘く見られたものです。警備主任のデイヴィッドが聞いたら怒り狂うでしょう。日進月歩で進化する兵器に合わせて、防衛に対する予算要求はかなりのもので、マスターが知らないところで、私とデイヴィッドの攻防戦は毎年続いているのです。


 マスターに相談しても「赤字にならなきゃいい」ですからね。どれだけの利益が上がっているか知らないからこそいえる台詞です。マスターの言う通りにデイヴィッドの要求を通してしまったら、屋敷を壊すためには地球を壊しかねないところまで、補強しますよ。あの男は。


 おっと話がそれました。押さえつけていても、それなりの防衛費をつぎ込んでいる屋敷には、相当の防備がされているのです。普通の泥棒程度でどうやって突破しようというのでしょう。しかし気になるのは内通者ですね。屋敷で働いているのは、一族のものばかりだと思うのですが…。


 これは帰って調べてみる必要がありそうです。


 まだ話をしている男たちを放って、私はそっと店を出たのでした。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ