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Red Eyes ~ 吸血鬼の落ちどころ ~  作者: 沙羅咲
特別番外編 I I
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The Previous Days 後編(16)

 ぞろぞろと皆で歩く。そう言えば、こうやってぞろぞろ歩くのは久しぶりだ。


「なんか…巡察みたいだよね」


 僕がこぼせば総司とトシが苦笑する。


「整列してねぇぞ」


「まあ、人数多いですよね」


 彩乃が笑った。


「みんなで歩くと楽しいよね」


「そんなこと考えながら巡察してたのかよ」


 トシが呆れたようにつっこむ。とたんに彩乃が首を振った。


「ううん。あのときはそんな余裕、なかったもん」


「そうだよね~」


 僕が言うと、総司が呆れたように僕を見る。


「俊は絶対に余裕でしたよね」


「そう? そう見えただけだよ」


「いやいや。おめぇは余裕だった」


「トシ。トシは僕と一緒に巡察したことないじゃない」


「わかるんだよ。てめぇが余裕じゃねぇときなんて、殆ど無かっただろうが」


「うわっ。ばれてる」


「ばれてるっていうか、マスター、それは無理があるわよ。マスターが余裕ないとか」


 デイヴィッドまで幕末を知らないのに参戦してきた。僕は苦笑するしかない。


 駅について、電車に乗って。その間も僕をネタにして、デイヴィッドとトシがいろんなことを言ってくる。


「幕末のコイツの朝稽古の様子ったら、見てらんなかったぜ。へっぴり腰で」


「色々あったんだって」


「しょうもねぇ一撃食らって、尻餅つくとかよ。今考えると、ひでぇ与太だよな」


 僕の言い訳を聞いてもくれない。


「あら。マスターが尻餅をつくところなんて見たことないわ。いつも最低限の動きで避けるよのよね。憎たらしいぐらい」


「そういえば、稽古のときにすげぇ息を切らしてやがったが、あれも見せ掛けだけか? だよな?」


「あれも大変だったんだから」


「そういえば私の三段突きをわざと食らったこともありましたよね」


「そういうことを今ばらすのはやめようよ。総司」


 総司まで余計な一言をいい、レイラと彩乃が笑い、ジャックと李亮は笑っていいのかどうしようか考えているような顔をしつつ、結局こらえ切れなくなって笑っていた。


 それは電車を降りて、駅を出てからも続き…さすがに僕は降参する。


「はいはい。もう勘弁してよ。僕をネタにして遊ばないで」


 そう言ったときだった。


「山形くん?」


 すれ違いざまに呼ばれる名前。聞き覚えのある声に思わず振り返ってしまい、気づいた。目の前に居たのは四十代後半になった杉森さんだった。


 思わず声が出そうになって、そのままポーカーフェイスを貫く。


「おい。宮月。どうした?」


 トシが声をかけてきて、僕の呪縛は解けた。何も見なかったふりをして前を向く。


「なんでもないよ。声をかけられた気がしたんだけど、気のせいだったみたい」


 僕はそう言って少し先に行ってしまった皆を追いかけた。後ろからは田中さん…今は杉森さんの奥さんだ…の声も聞こえてくる。


「知り合い?」


「いや。なんか山形くんかと思ったんだけど…そんなはずないな」


「あら。若いじゃない。山形くんだったら、もういくつになってる? あんなに若くないわよ。でも似てるわね」


「うん。似てるから、間違って声をかけた」


「もう…」


 朗らかな笑い声。変わっていない。僕はもう一度振り向きたい気持ちを抑えながら、レイラの横へと並んだ。


「知り合い?」


 レイラがひそやかな声で聞いてくる。


「うん。昔のね。翻訳の仕事をやっていたころの…出版社の人」


「そう」


 彼女にそう話しただけで、僕の心は少しばかり軽くなる。思い出を聞いてくれる相手がいるというのは、なんて素敵なことなんだろう。



 今の僕だったら、もっと違う形で杉森さんと関われたかもしれないな…。そう思うけれど、過去は取り返せない。


 僕と杉森さんの道は別れ、もう交わることはないだろう。



「ほら。俊、ここみたいですよ」


 総司が手を振る。


「ほれ。早くしろ」


 トシが僕を待っている。


 いつの間にか僕の周りには人がいた。


 あの彩乃と二人きりだった世界が嘘みたいだ。


 ザック叔父さんの言葉を思い出す。今、僕の世界には登場人物が一杯だ。大事な人も一杯いる。


 きっとこれからも増えていくのだろう。


 ちらりと彩乃に視線をやれば、彩乃は嬉しそうに総司と話をしている。不意におじいさんの言葉が声と共に蘇る。



-----彩乃のことは愛しているだろう?-----


-----神は…愛だよ。その誰かを愛する感情。この風景を、地球を、誰かを、愛おしいという感情。それが愛なんだよ-----


------みんな何かを得たいと思っている彩乃なんだ------



「皆が彩乃か…」


 ふと呟けば、彩乃が振り返った。


「呼んだ?」


 名前に反応して僕を見る。僕はにっこりと微笑んだ。


「いや。皆、大切だな…って思って」


 彩乃が小首をかしげる。


「いいんだよ。気にしないで。独り言」


 知らなかった頃よりも、きっと僕は豊かになっている。


 そして想う。


 僕は僕ができる範囲で、僕の大切な人たちを、一族を守っていこう。




The Previous Days  The End



The Previous Days 終了しました。俊哉と彩乃のここまでの生活、いかがでしょうか。長かった。番外編扱いだったのですが、実は本編と同じぐらいに長かったです。


ここまでお読みいただいてありがとうございました。この後は間章が少しばかり続きます。もう少しだけお付きあいいただければと思います。


2016.3.29 沙羅咲 拝

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