The Previous Days 後編(14)
僕は思わず声をかけた。
「リリア」
リリアがぱっと顔を上げて、気まずい表情をする。
「帰ろう」
僕の言葉に、リリアの肩を抱いていた男の子が睨んでくる。
「誰だよ。コイツ」
男の子を無視してリリアに手を差し出した。
「こんなところに居ないで帰ろう」
「俊にい…」
この頃から、リリアは僕を『お兄ちゃん』ではなくて、『俊にい』と呼ぶようになっていた。きっと誰かの真似なんだろう。
リリアの肩を抱いていた男の子が僕に挑むように立ち上がる。リリアは僕とその男の子を見比べるようにして、ちらりと見てから諦めたような表情をした。
「帰る」
「え? 帰るの?」
周りにいた子たちが、リリアに向かって驚いたような声を出す。
「帰りたくなかったら、コイツぐらい俺が追っ払ってやるぜ?」
立ち上がった男の子がリリアにいい格好を見せようというのか、そんなことを言い出した。けれどリリアはゆるゆると首を横に振る。
「ううん。帰る。ごめんね」
そう言ってリリアは僕の手を取った。
帰り道。お互いに何も言わず。数分歩いて、すぐに家に辿り着いた。黙って自分の部屋に上がろうとするリリアを僕は引き止めて、台所の椅子に座らせる。
「何」
リリアは戸惑いと不機嫌さを隠さなかった。思わずため息を一つついてから、彼女の前の椅子を引いて僕も座る。
「あんな男に肩を抱かれて嬉しいか?」
僕のストレートな言い様に、リリアの頬が赤く染まった。
「なっ。あ、あたしの勝手じゃん」
「リリア。君の身体は君のものであるけれど、君だけのものじゃない。彼は彩乃も納得する相手か?」
「…」
リリアが黙り込んだ。
「それに…君が本当に好きな相手ならいいけれど、一族にしたいぐらい、好きな相手か?」
リリアの目が見開かれる。
「みんなあれぐらい…」
「みんながやっているから、やるのか? 大して好きでもない人間に対して、身体に触ることを許すのか?」
リリアからの返事は無かった。
「リリア。いつか君と彩乃が、心の底から好きになって、本当に長い一族としての一生を共に生きてもいいと思う奴が現れたら、好きにすればいい。でもそうじゃなければ。一時の感情で、後悔するようなことだけはしないで」
「俊にい」
「男なんて肩を抱くのを許したら、次は唇、次は身体って来て、飽きたら、ぽいっ」
「えっ」
「指先一つ触らせないで無視するのが一番だよ。ま、僕が言えた義理じゃないかもしれないけれどね。妹にだけは後悔してもらいたくないっていう、兄としての忠告かな」
立ち上がって、ぽんぽんとリリアの頭を撫でた。
「できれば僕が負けるような男と付き合ってよ」
とたんにリリアが下から僕を見上げてくる。
「何?」
「俊にいに勝てる男なんて、人間でいるわけないじゃん」
「いや。別に戦闘能力の問題じゃないくてさ。リリアと彩乃を幸せにしてくれるような男を見つけてよ。一族でも、一族じゃなくても」
僕はにっと嗤ってみせた。
「こいつと付き合うんだったら仕方無いな~っていうぐらいの奴じゃないと、僕は納得しないよ」
とたんにリリアが頭を抱える。
「そんな俊にいが思うような奴、いるわけなじゃん。あたし、一生彼氏なんて作れないよ」
「いるよ。きっと。リリアも彩乃も納得するような奴が。ついでに僕が負けたって思うような奴がどっかに」
僕はひょいと肩をすくめた。
「それまでは逃げ回るんだね。つまらない男に引っかからないように」
リリアはじっとりと僕を見るけれど、僕はその視線を無視する。
「さあ、寝ようか。このところ寝不足で、彩乃も酷いことになってるよ」
「うん」
「明日からは、少し夜遊びは控えて」
「うん…ちょっと考える」
リリアは複雑な心境を抱えたまま、のろのろと自分の部屋に向かうために階段を登り始めた。その後ろに僕も続く。
おじいさんが亡くなってから、今まで僕らがいた部屋は妹の部屋になり、僕はおじいさんが使っていた部屋を使うようになっていた。
「おやすみ」
そう声をかければ、素直に「おやすみなさい」という声が返ってきた。
そして彩乃は高校生になった。
友達の影響もあって、少しは勉強しようと思ったらしく、トップではないけれどそれなりに良い学校に入ることができた。まあ、受験に関して僕は彩乃に任せきりで「行きたいと思う学校を受ければいいよ」とだけ伝えていたから、彩乃なりに危機感を覚えたらしい。
勉強はそれなりに見てあげていたけどね。
僕のほうは教会の牧師も板についてきた。毎年いろんな人が来るようになって、いろんな人が来ないようになる。
理由もそれぞれだ。引越しなどで来なくなる場合もあれば、信仰から離れる人もいる。僕は来るもの拒まず去るもの追わずで、淡々と過ごしていた。




