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Red Eyes ~ 吸血鬼の落ちどころ ~  作者: 沙羅咲
特別番外編 I I
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The Previous Days 後編(11)

 僕とお祖父さんはゆっくりと酒を飲み始め、彩乃は部屋でじっとしていることに飽きたらしく、宿の中の探検に出かけてしまった。まあ宿から出てはダメだと言ってあるから大丈夫だろう。


 クーラーの効いた部屋で、綺麗な星空と月を眺めながら、二人で日本酒を飲む。おじいさんはちびちびと舐めるように飲んでいた。


「俊哉くん」


「はい」


「一つ…前から言おうと思っていたんだ。少しキツイ話になるけどいいかな」


「はい」


 僕が返事をすると、おじいさんはお猪口を置いて僕を見る。


「説教をするときは、うわべだけで説教してはダメだよ」


「は?」


 この場合の説教は、教会の礼拝の際にする話のことだ。ここで仕事の話がくると思わなかった僕は、思わず虚を突かれて問い返してしまった。でもおじいさんは真面目な顔をしている。


「自分の言葉で語りなさい。心から想って語らなければ、誰にもその言葉は響かない」


「はい」


「知識だけを語ってもダメだよ。記憶と経験と知識と全てが混ざった一番中心の部分から語らないと届かない」


 僕は戸惑っていた。吸血鬼の僕が、神について語る? 心の底から? 信じていないものについて心の底から語ることができるほど、僕は器用じゃない。だから確かにおじいさんの指摘は正しい。僕は知識だけで、うわべだけで語っていた。


「彩乃のことは愛しているだろう?」


「え? はい」


「だから愛は理解できているわけだ」


「はぁ」


「神は…愛だよ。その誰かを愛する感情。この風景を、地球を、誰かを、愛おしいという感情。それが愛なんだよ」


 僕の頭は混乱し始める。おじいさんは、そんな僕を見てぽんぽんと肩を叩いた。そして僕は気づく。その癖は、人の肩を叩く癖は、父さんと同じだ。


「俊哉くん。君は神様を理解しているよ。大丈夫。君の中から言葉を出せば、きちんと説教ができるはずだ」


「おじいさん…」


「うわべではなく。心からの言葉が出るはずだよ」


 皺の刻まれた目元から、黒瞳が僕を見る。


「君の…背負っているものを…おろしてみるかい?」


 思わず目を見開いた。


「何か…あるんだろう? 俊哉くんは一緒に暮らし始めてから、私に何も話してくれない。昔のことも。彩乃を育てている間のことも。そして今のことも。無理に訊かないようにしていたけれど、重荷を背負っているのならば話したらいい。どうせ老い先が短い身だ。何を聞いても驚かないし、誰にも言わない」


「僕は…」


「何を聞いても、私の孫であることは変わりない」


「…っ」


 本当に全てを話してしまったときに、この人は僕を孫だと言いきれるだろうか。僕にはその自信はなかった。今、この人に僕が話せることはなんだろう。


「俊哉くん。君は何か…後ろめたいことがあるのかい?」


「はい?」


 混乱した頭で僕は問い返した。真摯な瞳が僕を見ている。


「私と出会うまでの間に、彩乃を育てるために、大変な苦労をしただろう? もしかして、何か…犯罪とか…」


「いえ。それは無いです」


 そう答えた瞬間に、おじいさんは明らかに安堵した表情を見せた。


「そうか。もしかしたら、人様に言えない何かが…と、つい疑ってしまった。すまなかったね」


「いいえ」


 僕はゆるゆると首を振る。あくまで彩乃を育てている間は…だ。その前はとてもじゃないけれど、人間的な尺度で言えば『悪事』と呼べるようなこともやっている。それをここで言う気は無いけれど。


「どうやって生きてきたんだい?」


 僕は必死で話を組み立てた。大学に行ったことは話してしまった。大学生は奨学金で、スキップして行ったなら辻褄は合うだろうか。


 それから翻訳の仕事をして…いや。ダメだ。年数が合わなくなる。


 彩乃が赤ん坊のときに、僕は大学に行っていることになる。そもそも『両親』が無くなったときに、僕はいくつだ?


 ぐるぐると頭の中で辻褄あわせをしている間に、隣から大きなため息が聞こえた。


「やっぱり話す気はないかい」


「すみません」


 謝るしかできない。


「じゃあ、いいよ。ただ…一つ教えてもらってもいいかい?」


「はい」


「あの…俊哉くんたちの部屋にある冷蔵庫の…銀色のボトルはなんだい? 薬に思えるんだが…なにか病気かい?」


 自分の血の気がざーっと音をさせて引くのを感じた。本当に血の気が引くってあるんだな。うん。


 顔色は…変わっていなければいいけれど、なんとも言えない。指先が冷たくなっていた。


「中身は…開けました?」


「いや。英語で消費期限が書いてあったから、薬だったら開けたらまずいだろうと思ってあけていない。何かとは思ったけれど」


 銀色のボトルの中身は血液だ。僕と彩乃の食事。キーファーから定期的に送ってもらっている献血の横流し品。


 またしても僕は必死で考えるはめになった。なんと答えるのがいいだろうか。薬と思ってくれているなら、それに乗るほうがいい。


 だが、あんなボトルに入ったものを飲まないといけないような病気はあるんだろうか? それにおじいさんが間違っても開けないように、僕専用のものだと思わせないといけない。ああそうか。開けたときにも納得できるものじゃないとマズイ。


 人間の血。それを飲む、人間としての正当な理由なんてあるのか? 

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