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Red Eyes ~ 吸血鬼の落ちどころ ~  作者: 沙羅咲
特別番外編 I I
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The Previous Days 後編(1)

「お兄ちゃん。あのね。ゆみちゃんの誕生日に呼ばれたの」


 小学校三年生になった彩乃が僕に言う。そう言えば、去年もぽろぽろと誕生日会に呼ばれていたな。その度にプレゼントをちょこちょこと持っていったっけ。


 そこでふと気づいた。


「彩乃。もしかして彩乃も誕生日会をやったほうが良かった?」


「…」


 彩乃が黙り込んで下を向く。僕はしゃがみこんで俯いた瞳に視線を合わせる。


「どうしたの? 言ってごらん?」


「だってね…うちには、お金が無いから…」


 ぽつりと小さな細い声が言う。その瞬間に僕は彩乃が不憫になって、ぎゅっと抱きしめた。


「大丈夫。次の彩乃の誕生日には、お誕生日会をやろう」


 ぱっと小さなが頭が動いて、僕を嬉しそうに見てくる。


「ほんと?」


「うん。本当。盛大にやろう。殆ど一年ぐらい先になっちゃうけど、呼びたい人を選んでおいて」


「うん!」


 それから彩乃は心配そうに僕を見た。


「でも…お金は大丈夫?」


「大丈夫。少しは余裕が出てきているから」


「ほんと?」


「うん」


 何か言いたそうな彩乃の顔。


「どうした?」


「えっとね…。お金があるならね…ピアノを習いたいの」


「え?」


「ダメ?」


「ダメじゃないけど。なんで?」


「えっと…お友達がやってるから」


「うーん。本当に彩乃がやりたいのは、何?」


 ピアノの場合は、ピアノを買わないといけないというのもあるけれど、彩乃が音楽を聴いているところを殆ど見たことがないから、本当にピアノなんて好きなのかなぁ。


「えっと、バレエもやりたい」


「それもお友達がやってるから?」


「うん」


 あ、こりゃ、人がやってるから、やりたいっていうパターンだな。


「彩乃、本当に何をやりたいか考えて。それで本当にやりたいことを習ったらいいよ」


 そう伝えれば、彩乃がじっと考えこみ始めた。


「とりあえず宿題は? 今日の勉強は終わった?」


「まだ」


「じゃあ、お兄ちゃんもここで勉強するから、彩乃も持っておいで」


「うん」


 そう言えば、彩乃は二階に上がっていく。上の部屋は二部屋。おじいさんの部屋と僕と彩乃の共有の部屋だ。


 古い家で、二階も突き当りまで廊下がばっちりと場所をとっているから、二部屋しか取れないんだよね。旨くやれば三部屋取れそうなのに。一階もそれは一緒で、台所と茶の間の間に廊下が通っているから、あまり広くない。この茶の間は、もっぱら僕と彩乃の勉強部屋になっていた。


 おじいさんは、地区の会合や、勉強会、祈祷会などで不在だったり教会堂に詰めていたりすることが多い。その間、学校から帰ってきて夕飯までの時間、僕は自分の仕事をやったり、大学の課題をやったりしながら、彩乃の勉強を見てあげていた。


 日本の教科書というのは、低学年のうちは答えがきっちり出るように問題が作られていることが多い。算数なんてイギリスの教科書と正反対だ。


 例えば、イギリスだと □+□=7 と書いてあって、この□に出来る限りの答えを書く。3と4も正解。1と6も正解。日本の場合は、1+6=□ とあり、答えは7しかありえない。


 考え方の違いだから、どちらが正しいと言えないけどね。


 彩乃に宿題をさせて、分からないところは教えているうちに僕も仕事が一つ終わる。そんな毎日を過ごしていた。


 宿題をやりながら、彩乃が僕に話しかける。


「お兄ちゃん」


「ん?」


「わたし、体育の成績が悪いの」


「あ…うん。そうだろうね」


 いまだに彩乃には、一番出来ない子の真似をしろって言ってるし。


「本当はできるのに…」


「うん」


「やっちゃダメなの? どうして?」


 僕はため息をついた。


「彩乃。僕らの身体能力は普通より高い。それが皆にわかっちゃうとダメなんだよ」


「どうして?」


 僕は耳を澄ました。おじいさんは地区の集会で、まだ帰ってくる気配はない。


「彩乃。秘密を守れる?」


「秘密?」


「うん。大事な秘密。僕と彩乃の秘密。誰に言ってもいけない」


 彩乃がおずおずと頷いた。僕は少しばかり声を落として呟いた。


「僕らは人間じゃない」


 彩乃はきょとんとした顔をしている。僕が冗談を言ったのだと思ったのだろう。


「本当だよ。僕らは人間じゃない」


「なんで?」


 いや。なんでって言われても…。


「僕らが血を飲んでいるのは理解してる?」


「わたしは飲んでないよ?」


「でもリリアは飲んでる」


「うん…」


「人間じゃないんだ。僕らは」


 小さな眉が顔の中央に寄せられる。


「でも。でも。おじいちゃんは? おじいちゃんは血を飲まないよ?」


「本当のおじいちゃんじゃない」


 僕に攻め寄るようにしていた彩乃の動きが止まった。僕の顔をまじまじと見ている。うーん。早かったかなぁ。でもなぁ。


「本当に? 本当にほんと?」


「本当。だから、人間にできないことができる」


「でも…」


「彩乃は片手でリンゴとか、潰せちゃうでしょ? ボールも潰せちゃうよね?」


「うん…」


「そんなこと、人間の、しかも君ぐらいの女の子にはできない」


「お兄ちゃんは? お兄ちゃんも人間と違う部分があるの?」


「あるよ」


 彩乃がすがるように僕を見る。まだ信じきれていない様子だ。

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