The Previous Days 中編(7)
父さんと母さんの最期を知りたい? 酷い話だ。
「父さんと母さんは死にましたよ。トラックが突っ込んできて、母さんなんてすぐに灰になった。父さんは身体を潰されて苦しみながら死んだ。これでいいですか? 満足ですか? そんな二人を僕は見捨てて逃げたんだ」
「落ち着け」
宥めようとしたザック叔父さんの腕も振り払う。
「落ち着いていますよ。これ以上ないくらいの落ち着きです。あなたたちが来なければね。もういいでしょう。彩乃が怯えているから、帰ってください」
彩乃は僕らの英語のやりとりがわからず、僕の首にぎゅっと腕を回して、隠れるようにして抱きついている。
「リー、お前は当主になるんだぞ?」
ザック叔父さんに念を押されなくてもそんなことは分かっていた。できれば僕以外を指名してもらいたい。なりたくてなるわけじゃない。
「もう少し客観的に物事が見られるように」
「いいですよ。もううんざりだ。僕だって当主になりたくてなるわけじゃない。血が決めているだけでしょう。長男の息子で一番濃い…それだけだ。僕以外の誰かを選んで欲しいですよ」
「リー。それは違う。当主の条件は血だけじゃないんだ。代々、ほぼ第一子が跡を継いでいるが、それだけじゃないんだ」
「じゃあなんだって言うんです。僕が当主なんて、何かの悪い冗談だ。もしも父さんが僕を指名したって言うなら、父さんの頭を疑いますよ」
「当主は一番ふさわしい者がなるんだ」
僕はザック叔父さんの言葉に絶句する。
一番ふさわしい?
冗談じゃない。一番ふさわしくない…なら納得するが、なんで僕が当主にふさわしい?
「一体、それは誰が決めているんです? 一番ふさわしいなんて。絶対に間違っている」
「いや。血は間違わない。歴史的に見てもその時代で、一番ふさわしい者が当主になっている」
「じゃあ、今度だけは間違いですよ。僕が当主にふさわしいなんて、あるわけない」
「それを決めるのは、今じゃないだろ? リー」
「そうは思えませんね。今でも、未来でも一緒ですよ。僕が当主にふさわしいなんて間違っていますよ。ザック叔父さんでも、クリスタルでもいい。なんだったらレイラでもいい。譲りたいぐらいですよ」
「当主は意思では譲れない」
僕は盛大にため息をついた。
「じゃあ、僕が最後の当主ですね。僕はこの家を潰しますから。最悪の当主のはずですよ」
ザック叔父さんはゆるゆると首を振った。
「お前はそんなことをしないよ。きっと立派な当主になる」
「何がわかるっていうんです」
「俺にはわかるよ。お前はアルバートの息子だ」
僕はザック叔父さんの言葉を鼻で嗤った。
「ありえない。父さんの息子だからいい当主になるなんて時代錯誤もいいところだ」
「俺は信じているよ」
「そりゃどうも」
もうこれで話は終わりだ。これ以上、話していても埒が明かない。
「本当にもう出ていってください。旧交を温める時間は終わりました」
嫌味交じりにそう言えば、ザックおじさんはため息をついた。クリスタルも悲しそうな顔をする。そして一言も発しなかったレイラは凍りついたような表情で、僕を見ていた。
「お休みなさい。また明日」
僕はザック叔父さんたちを追い出した。大きな音を立ててドアを閉めてやる。もう誰の顔も見たくない。
「おにいちゃん?」
腕に抱かれたままの彩乃が、恐る恐る僕の頬に触れる。
「ないてる?」
「いや。泣いてないよ」
「かなしそうなかお、してるよ?」
彩乃が僕の顔を覗き込んだ。
「だいじょうぶ。あやのがいるよ?」
小さな手が僕の頭を撫でていく。僕はぎゅっと柔らかくて小さな身体を抱きしめた。彩乃以外は誰もいらない。
翌朝から儀式が始まった。彩乃は薄いピンク色の綺麗なドレスを着て、嬉しそうに僕の周りにまとわりついていた。だけど儀式の間は引き離さないといけない。困ったな…。
「Ayano? Let's stay with me. OK? (彩乃? 私と一緒にいましょう。いいでしょ?)」
レイラが近寄ってきてしゃがみこみ、彩乃と視線を合わせる。レイラは青いドレスを着ていて、彼女の金髪と非常によく似合っていた。
彩乃は一瞬僕の後ろに隠れたけれど、じっとして優しい微笑みを浮かべているレイラに気持ちを許したのか、おずおずと出てくる。
差し出された手に小さな手を乗せるとにっこりと微笑んだ。その後、儀式の間もその後、僕があちこちに引っ張りまわされている間、レイラは彩乃と一緒にいてくれた。
基本的に一族とも人間ともあまり接触したくない僕だけれど、信用していないわけじゃない。それにレイラが優しいっていうことも分かっていたから、彩乃さえ嫌がらないなら、預かってもらえることは助かった。
当主継承の儀式、それから眷族との契約の儀式。
眷族との契約の儀式は酷いもんだった。僕は終わりが無いんじゃないかというぐらいのリストの読み上げと、たくさんの血を飲まされて、たくさんの血を抜かれた。
昔は一人ずつ噛み付かせて飲ませていたようだけれど、時間短縮のために注射器で抜いて、それを一滴ずつ眷族に飲ませていく。それでもかなりの血を抜かれたことは確かだ。
夜は一族の交流会を兼ねてのパーティー。
皆がどんちゃん騒ぎをする中で、僕は彩乃をつれて早々に部屋に引っ込んだ。ちなみに夜のパーティーは一週間続くらしい。そんなのに付き合っていられないよ。そう思うのに、絶対に毎晩のスタートだけは顔を出せと半ば脅されるようにしてメアリから忠告を受けて、僕は毎晩、いやいやながらパーティーに参加した。
彩乃は違うドレスが着られるのが嬉しいらしく喜んでいたけれど。でもパーティー会場では、僕にくっつくか、レイラにくっつくか。やっぱり人見知りだった。




