間章 紛争地帯(15)
さすがに素人にやられるほどじゃねぇから致命傷は避けたが、かすっちまった肩が熱くなる。
早口でなにやら喚かれたとたんに、ルイーズが俺の洋服の裾を引っ張って走り出した。後ろから男が追いかけてくる。何がなんだか分かりゃあしねぇ。とりあえず逃げるってことだよな。
ルイーズを後ろから俵を背負うみたいにして肩に担ぐと、路地を曲がって人目が消えたところで、建物の凹凸を利用して屋根の上まで飛び上がった。
「なんでぇ。今のは」
ルイーズを肩から下ろして呟けば、ルイーズが青い顔をしている。
「自分たちの民族以外は…全部殺すことにしたみたい…」
「はぁ。なんだそりゃ」
「自分たち以外の民族がいるから、この国は良くならない…って怒鳴ってた」
あの早口はそういうことか。
「トシ。トシももう安全じゃないよ。殺されちゃう」
必死な顔で俺にすがるルイーズの顎に手をかけて、顔を上げさせる。
「おめぇな。命を狙われてるのは、最初から一緒だろうが」
「そうだけど…でも、今度はトシも対象だよ?」
「俺がそんなんで怖気づくかよ。自慢じゃねぇが、命を狙われるなんていうのも初めてじゃねぇ。街角を曲がったとたんに斬りつけられた経験だってある。別に今更だ」
ルイーズがぱちぱちと瞬きを繰り返す。
「俺もおめぇに話してないだけで、いろんな経験してんだよ」
しかし…この国はどうなってんだ? 一ヶ月も経たないうちに、どんどん状況が悪化しているぜ?
「ルイーズ。もう、諦めねぇか?」
「トシっ。なんでそんなこと…」
「おめぇが信念をもってやってんのは知ってるぜ? 出来る限り手伝ってもやりてぇ。だけどよ」
俺はそこで躊躇した。俺らしくない言葉を言おうとしている。だが、俺の本心でもあった。
「俺は…おめぇが傷つくのが…いなくなるのが怖いんだ」
「トシ…」
「はっ。俺らしくもねぇな。すまねぇ」
ルイーズが俯いた俺の頬を両手で覆った。思わず顔を上げれば、ルイーズがまっすぐにこっちを見ている。
「それは一緒だよ。トシ。私もトシが死ぬのが怖い」
ルイーズの顔が近づいてきて、唇が重なるかと思った瞬間に、声が聞こえてきた。ラジオか、テレビか…。お互いに動きを止めて、その声に耳を傾ければ、さっきの男が言ったことをどっかの馬鹿が演説してやがった。
「この国も長くないな」
「トシ?」
「こんなことやって、それを公共の電波にのせて、他の国がそのままにしておくはずがねぇ。そろそろ他国の介入が始まるはずだ」
「そうなの?」
「多分な」
俺はルイーズをいつもの通り横抱きに抱き上げる。
「トシ?」
「一旦戻ろうぜ。ガードが固くなっちまった分、策を練らねぇと無理だろ」
「そうだね」
大人しくなったルイーズと共に、俺たちは隠れ家へと戻った。
「国境の向こうの街で解放軍の募集が始まっている」
クワンザが情報を仕入れた情報を共有している。
「この国からいち早く逃げ出したものと、海外にいたものが戻ってきて、混成軍を作っているそうだ」
「政権を倒すってことか?」
「そうなるな」
仲間の一人から飛んだ質問に、クワンザは落ち着いて答えた。
「俺はそれに加わろうと思う。そろそろこの人数でできることには限界が来ている」
すぐに賛成の声を出す者、考え込む者、それぞれいたが反対の声を出す奴だけはいない。皆それなりに限界を感じていたんだろう。
「どうするか…それぞれ考えてくれ」
そう締めくくって、クワンザは口を閉じた。
「おめぇはどうする気だ?」
俺は小声でルイーズに言う。だが目を見たとたんに分かっちまった。参加するんだな。軍に。
「私は…」
「いい。言うな。もうわかった。俺も付き合う」
「トシ」
「毒を食らわば皿まで。付き合うなら地獄までだ」
「うん」
ルイーズが複雑そうな表情で頷いた。
翌日。軍に参加する奴、途中までは一緒に行って難民キャンプに行こうという奴。それぞれが準備を始めた。
「トシ。悪いが今日は足の調達に行ってくれ」
「わかった。ルイーズ。行くぜ」
クワンザの言葉を受けてルイーズと一緒に出かけようとしたとたんに、クワンザが片手を俺の前に出した。
「悪いな。今日はルイーズはサムと一緒に食料調達だ。こっちは危ないことはない。トシだったら一人でも車を調達できるだろ? 人数が足りないんだ」
ルイーズの傍から離れるのは不安があったが、人数が足りないも確かだ。俺は仕方なく同意して、一人で車を探しに行くことにした。




