間章 紛争地帯(11)
ギラリと太陽を反射して鉈が光る。
「ルイーズ、戻れ!」
俺は叫びながら全速力でルイーズの前に走りこんだ。驚いているルイーズを抱きしめて、くるりと位置を入れ替える。とたんに背中に焼けるような痛みを感じた。
「トシっ!」
「いいから下がれ!」
幸いなことに背負ってた剣のおかげで、傷は深くない。背中の一部をちょっとばかり掠った程度だ。
もう一撃加えようとしていた男に向かって、ルイーズを背にかばいながら俺は剣を抜いた。
鉈の一撃を裁いて、剣を水平に寝せて突きを放つ。男の身体を刺し貫いたそれを素早く抜くと、さらに首に一撃。それで完全に男は沈黙した。
「ト、トシ…」
俺はくるりと振り返った。
「馬鹿かっ! てめぇは。敵地のど真ん中で浮かれる奴があるかっ!」
思わず大声を出してから、俺も馬鹿だと気づいた。敵地のど真ん中で大声出して位置を知らせる奴もいねぇ。
「移動すっから掴まってろ」
震えるルイーズの華奢な身体を横抱きに抱き上げて、俺は走り出した。ともすれば怒り狂って怒鳴りつけそうになる自分を押さえつけて走る。怒鳴るべき相手はこいつじゃねぇ。こいつは被害者だ。分かっていても俺の中で怒りが収まらねぇ。
誰もいないと思われる場所まで来て、俺はルイーズを下ろす。ルイーズの身体はまだ細かく震えていたし、強張った顔のまま俺を見上げている。お互いに何も言えなくて、俺もじっとルイーズを見下ろしていた。
「ご、ごめんなさい」
そのルイーズの言葉を聞いた瞬間に、俺の中でも何かが緩んだ。思わず大きくため息をついて、ルイーズの前にしゃがみこむ。
「トシ?」
「おめぇ、少しは考えて行動しろ」
「ごめん」
「俺の身にもなれ」
「痛かったよね。ごめんね。かばってくれて…。私の代わりに」
ルイーズの目から涙が流れた。
「泣くなよ」
「だって…私の代わりにトシが怪我して」
「こんなの大したことねぇよ。傷はすぐ治る」
「でも…」
「いいから話を聞けっ」
俺ががしりとルイーズの肩を掴むと、びっくりして目の前で涙が止まった。
「俺はいいんだよ。怪我しても治る。めったなことじゃ死なねぇ。けど、おめぇは死ぬんだ」
大きな目がぱちぱちと瞬きをする。
「やめてくれ。死ぬのは」
「トシ…」
「おめぇの命だから自由にしろとは言った。言ったが、死なれるのは俺が耐えきれねぇ」
「ト…シ…?」
「おめぇに向かって鉈が振り下ろされそうになった瞬間、肝が冷えた」
「うん」
「だから、おめぇの命は俺が預かる」
「え?」
「死なせねぇ。その代わりおめぇも生きる努力しろよ。ドジ踏むな」
「う、うん」
「勝手に居なくなんな。勝手に動くな。俺の傍にいろ」
「え…えっと。私、トシに拘束されるの?」
「わかんねぇ女だな」
「え? え?」
俺はため息を吐き出してから、覚悟を決めた。こんな鈍感な女の前じゃ、はっきり言ってやらなきゃ、ならねぇらしい。
「おめぇに惚れたって言ってんだよ」
「え? え? ええっ!」
「でかい声出すなっ」
とたんにルイーズの声が小さくなる。
「だ、だって…今の会話のどこにそんなのがあるの?」
「あるだろうよ。俺の気持ちを無視しやがって」
「無視してないっ。っていうか、わかんないよ」
「わかんないだぁ? 無粋な女だな」
「違うよ。トシが遠まわし過ぎるんだよ」
ああ言えばこう言う。うるせぇ女だ。なんで俺はこんな女に惚れたんだ?
「ああ。もういい。黙れ」
俺はそう言って、ルイーズの口を自分の口でふさいだ。
夕方の林の中を二人で手をつないで歩く。小恥ずかしいから止めてくれと言ったのに、振り払った手に勝手にまとわりついてくる。
何度か振り払ったが、その度に性懲りもなくつないでくる手に、俺は諦めてそのまましておいた。根負けだ。きっと人が居ないってわかったら、こいつは歌でも歌いそうだ。
それぐらい上機嫌でルイーズは歩いていた。ま、俺もそんなこいつを見ているのは嫌な気はしないけどよ。
「ねぇ」
「ああん?」
「隣町まで、後どれぐらいかな」
「一日か二日だろ」
「そっか」
ルイーズの表情が暗くなった。
「俺と逃げるか? 俺の国に来るか?」
「トシの国?」
「ああ。日本っていう東の島国だ。ゴミゴミしてるが平和だぜ?」
「ん…そうだね。いつか」
「いつか…か」
「うん」
すっとルイーズの手が俺から離れる。
「隠れている人たちと会う度に、ケイトを思い出すの。助けてって言ってたのに。助けてもらえなかった。だから、隠れている人たちはケイトなの。助けてって言ってるの。それを助けているんだよ」
「ケイトは…間に合わなくて悪かったな」
「ううん。トシのせいじゃない。それにケイトだけじゃない。今まで死んだ人の分、生きてる人を助けたい」
「そうだな」
「だから…トシの国へ行くのは、すべてが終わったらだね」
「ああ。来たらびっくりするぞ」
「そうかもね」
くるりとルイーズが俺の前に立ちふさがる。
「なんだよ」
「トシ、私のこと、好き?」
「おめぇな」
「ね。私はトシのこと、好きだよ。大好き。トシは?」
「言えるかよ。そんなこと」
「言って」
「いいだろうが。おめぇとここに居て、おめぇを守る。それ以上になんか必要か?」
ルイーズは俺の目を覗き込むと、また横に並んで手をつないできた。
「トシみたいな人は一杯いるの?」
「ああん? どういうことだ?」
「トシみたいに死なない人」
「そうだな…。まあ、ほんの一握りだけどよ。いるな。隠れて暮らしてるぜ」
「そっか」
「仲間は気のいい奴らばっかりだ。そのうちに紹介してやるよ」
「うん。どんな人がいるの?」
「そうだな…」
俺は思いつく限り話をしてやった。総司のこと、宮月のこと。それからデビのこと。ルイーズも年頃の娘だ。総司と彩乃の恋話は熱心に聴いていた。
「いいね。素敵な仲間がトシにはいるんだね」
「おめぇも来い。いい奴らばかりだから、すぐに仲良くなれるぜ」
「人間でも?」
「関係ねぇよ」
俺は一瞬躊躇したが、ルイーズには言っておくべきだろうと思って口を開いた。
「それに…俺らの仲間になる方法はある」
「本当?」
「ああ。だから、おめぇが本当に望むなら、俺とずっと一緒にいられるぜ?」
「それ…夢みたいだね」
「夢じゃねぇよ」
「うん」
だいぶ辺りは暗くなってきた。
「よし。走るぞ」
「待って…トシ」
「ああん?」
「ね、どこか、一晩だけ…どこかに留まれないかな」
ルイーズがもじもじしながら、ぽそりと言う。
「おめぇ」
「う、うん…だって」
「また便所か?」
とたんにこいつの顔が真っ赤になった。
「違うっ! トシの馬鹿」
「ああん? 誰が馬鹿だ」
「だって。トシは私のことが好きになったんでしょ? 私もトシが好きだもん。だから…。だから…ね?」
「おめぇは盛りがついた猫か」
「酷いっ!」
とたんにルイーズがぽかぽかと俺の胸をたたき出した。痛くも痒くもねぇがな。
「俺を煽るなよ。今、煽ったら、止まらねぇぞ?」
「トシ?」
「優しくする自信がねぇから、止めておけ」
とたんにルイーズの手が止まる。
「いいよ。トシ。トシにだったら何されてもいい」
「おめぇな」
「本当だよ。トシは何回も私のことを救ってくれた。私はもうトシのものだもん」
「馬鹿な奴だな」
「お互い様だよ」
「覚悟しろよ」
俺はルイーズを抱き上げて、辺りを優しく包む夜の帳の中へと走り出した。




