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間章  紛争地帯(3)

 俺はルイーズを抱えたまま、夜が明けるまでじっとしていた。


「トシ?」


 ルイーズが目を覚ました。


「おう。身体はどうだ」


 腕の中のルーズはまだぼーっとしていて、俺の顔をじっと見てやがる。


「トシ…。私…」


 周りを見て、自分の服装を見て、突然思い出したかのように悲鳴をあげそうになった。慌てて口をふさぐ。


「どっかに人がいるかもしれねぇから騒ぐな」


 がくがくと震える身体でルイーズが頷いた。


「あ、あれは…夢じゃないの」


「残念ながら夢じゃねぇ」


「ケイトは? お父さんとお母さんは? ポールは…」


「皆死んだ」


 ルイーズの目が大きく見開かれた。


「ケイト…助けてって、言ってたのに。助けてって…大きな男が…うっ」


 そこでルイーズは思い出しちまったんだろう。こみ上げてきたものを吐き出した。俺は黙って背中をさすってやるしかできない。


「怖かった。凄く怖かったの。痛くて…うっ。うっ」


 吐きながら泣き続けるルイーズの細い背中を摩りながら、俺は黙って聞いていた。


「落ち着いたか?」


 しばらくして嗚咽が止まったころ声をかければ、ルイーズが頷いた。


「助けてくれたの?」


「ああ。まあ、間に合わなかったけどな」


「トシ…撃たれたのに…」


「一瞬気を失っただけだ。悪かったな。ケイトは助けらんなかった。おめぇにも怖い思いをさせた」


 ルイーズは首を振った。


「ありがとう…助けてくれて」


 俺の耳が人の声を捉えた。敵か味方か…なんてわからねぇ。事態がわかるまで、とりあえず逃げるしかねぇだろ。


「誰か来た。逃げるぞ。静かにしてろ」


 そう言って俺はルイーズを抱きかかえて、声とは反対のほうへと走り出した。


 どこへ逃げれば安全なのか。状況がどうなっているのか。情報が欲しかった。



 しばらく走ったところで川の音が聞こえてきた。人の気配がないのをいいことに近寄れば、谷底に川が見えた。これじゃぁ、人は降りられねぇな。


 ルイーズも同じことを思ったようだった。


「水…あるのにね」


 俺はにっと笑ってやった。


「しっかり掴まっとけよ。怖かったら目を瞑っておけ」


 そう言うと、ルイーズを背負いなおして、谷を降りた。


 人間だったら無理。だが俺なら降りられる。


 長い旅の間に、俺はこの身体がどの程度の能力を持っているのか色々試していた。


 人間なら無理なことも、この身体ができることは多い。そこは宮月に感謝しておこう。ま、人間の血っていう厄介なものと引き換えだけどよ。


 谷底につけば、横穴もあり格好の隠れ場所だった。ある程度は休めるだろう。川を覗き込めば魚がいた。火を起こしたいが…煙が問題だ。まあ、夜なら大丈夫か。


「おめぇ、ここで待ってろ」


 ルイーズを河原に置いて、俺は横穴に入った。


 夜目が利く俺の目には、灯りをつけているみたいに穴の中が見える。むき出しの岩肌に土の地面。どうやら天然の横穴だ。


 やばい動物はいない。そこで殺気を発する。その瞬間に、がさがさと大きな虫も出ていった。この方法も旅の間に見つけた。結構便利だ。


 俺は穴を見回してから手招きしてルイーズを呼んだ。


 夜まで二人で寄り添って眠った。途中でルイーズの腹が鳴っていたが、俺は聞こえないふりをする。眠れっていっても眠れないんだろう。途中で起きては隣で涙を流しているのを感じた。


 そうこうしているうちに陽が落ちる。ルイーズが眠っているのを起こさないようにして、俺は川へ降りた。


 本来の力を解放して、川の中の魚を探す。そして一瞬で引っ掛けて水の外にはじき出した。熊だな。これ。


 二匹ほど引っ掛けて取ったところで、次は木切れを探した。


 パチパチと火が燃える音のせいか、魚が焼ける匂いか。ルイーズが目を覚ました。


「トシ?」


「おう。食え」


 俺がちょうど焼けた魚を差し出せば、びっくりしたように見開いた目が俺を見る。


「どうしたの? これ。それに火も」


「火は起こした。魚は取った」


 摩擦熱で起こすって奴だ。これも一族の能力ゆえだな。人間じゃあ、かなり根気が必要だ。


「とりあえず食え」


 ぐいと出せば、細い手が魚を受け取った。その後は一心不乱に食べ始める。よっぽど腹が減っていたんだろう。


「もう一匹ある。それも食っていいぜ」


「トシは?」


「俺は…腹は減ってねぇ」


 伺うように見てきたが、俺はもう一匹もぐいっと差し出した。


「ほれ」


「ありがとう…」


 ルイーズはもう一匹も綺麗に食べ終わった。


「水浴び…してもいいかな」


「おう。いいけど、大丈夫か? 暗いぞ?」


 細い月灯りはあるけれど、人間の目には暗いだろう。


「ん。大丈夫」


 ルイーズは弱く笑って洞窟を出ていった。


 ところが…いつまでまっても戻って来やしねぇ。居ることはわかってる。水音はする。いい加減上がらねぇと身体が冷えちまう。俺は意を決して、河原へと向かった。


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