The Wedding Day (7)
それから…そうだ。トシもスピーチをした。総司側の友人が少ないので、どうしても…ということで、トシが出てきた。
本当は友人代表として僕という案もあったけれど、僕は二人の親代わりに最後に挨拶するという大役が残っているからね。トシに白羽の矢が立ったわけだ。
「あ~」
トシがマイクの前で声を出した。やや緊張した面持ちだけれど、そこはもと副局長。堂々たるもんだ。
「総司の友人の土方と申します」
さすがに改めた口調でトシが口を開いた。でも口調はあれだな。幕末の局長だ。ドスが効いている。ちらりと会場を見れば、伺うような表情でトシを見ているお客さんもいる。総司との関係は何かって思うよね。
でも次の言葉で納得しただろう。
「総司は同じ剣の師についた兄弟弟子で、私は実の弟のように思っております」
そう言って、ちらりと近藤さんを見て、それから総司を見て、トシがにっと笑う。
「彩乃とも同じ場所で剣の修行をしながら、一緒に飯を食った仲で…まあ、こういうと、こんな兄を持った覚えは無いと彼女は嫌がるかもしれませんが…妹みたいに思っております」
彩乃が目を丸くする。
「私は、この二人をずっと長い間見てまいりました。二人が出会って、総司が彩乃を想うようになったときも。こいつが彩乃の周りでうろうろしているのに、肝心の彩乃が気づきやしない。総司が一生懸命、粉をかけてるのに、まったく気づかない。どれだけ鈍感なんだと思いました」
くすくすと会場から笑いが漏れる。
「彩乃、おまえな。男は好いた女とじゃなきゃ、二人っきりで遊びになんかいかねぇんだよ。どれだけ鈍感だよ」
彩乃がぱちくりとして、会場から笑い声が漏れた。総司があやすように彩乃の手を叩く。
「本当にこいつらは付き合う気があるのかと思ってたんですが、ある時期、私が目を離した隙に、こいつらはくっついていて、なんというか…あ~。傍から見ているのも恥ずかしい状況というか…」
どっと会場が笑う。きっと皆、彩乃と総司の甘い雰囲気には当てられていたんだろう。
「ただ…今は安心して、良かったな…と。心の底からお祝いを申し上げたい。会うべくして会って、収まるべきところに収まったというところです」
そう言って、トシは会場を見回した。
「人生は一期一会と申します。皆さんと一緒のときを過ごせる時間は非常にわずかかもしれませんが、一緒に居られる間は、ぜひこの二人のよき友人として、共に居ていただきたい。二人の兄のような者として、お願い申し上げます」
トシが深々と頭を下げた。
参ったな。なんか僕の代わりに挨拶されちゃったみたいな感じだ。
会場からはトシに向かって拍手が沸いた。
しばらく歓談の時間が続き、いよいよ結婚式もお開きが近い。
衣装代がもったいないからとお色直しはせずに、白いドレスのままで居た彩乃とタキシード姿の総司。彼らが上座の席を立って、下座のドア付近に並ぶ。その横に僕は立った。
両家挨拶ということで、本当はそれぞれの両親が立って挨拶するんだけど、両家も何も、家族で生き残っていて挨拶ができるのは僕だけだ。
僕のところにマイクが回ってきて、そしてスポットライトが当たった。
「本日は二人の結婚式にいらっしゃってくださって、ありがとうございました」
静かになってしまった会場に僕の声だけが響く。
「総司の父母も、彩乃の父母も他界しておりますので、彩乃の兄である私が代わって一言御礼申し上げます」
総司と彩乃は僕の隣で神妙な顔をして立っている。
「総司も彩乃も家族の縁は薄かったのですが、こんなにたくさんの人たちに支えられて、本日を迎えることができました。皆さんとの間に生まれたたくさんの思い出は、二人がこれから生きていく上での財産となっていくと思います。二人と共に居てくださって、本当にありがとうございました」
僕はここで終わらせて頭を下げた。短すぎるスピーチだとは思う。しかし僕には、これからも二人と共に居てくれと言うことはできなかった。
きっと…もうしばらくしたら、二人は彼らと永遠に離れなければならない。だからこそ、これ以上は何も言うことができず、僕はそのまま頭を下げた。
拍手の後で顔をあげれば、総司が僕からマイクを受け取る。
「本日は、私たち二人の結婚式並びに披露宴にご列席賜り、ありがとうございました」
彩乃と二人で頭を下げる。僕は一歩下がった場所で、総司が堂々と喋るのを聞いていた。
「私も彩乃もこれからが新たな一歩だと思っています。二人で新しい家庭を作り、家族を作り、できれば皆さんと共に歩んでいきたい。そう願っています」
そこで総司は一息ついた。
「今、義兄はイギリスで仕事をしております。彩乃とも将来は仕事の上でも義兄を助けていきたいと話しておりまして、そう遠くない将来に義兄の傍に行き、皆さんと距離ができるかもしれません」
彩乃がにっこりと僕を見て笑う。
「それでも…私たちは皆さんと友人で居たいと思っています。距離など関係ない、気持ちが繋がっていれば、いつまでも友人であり続けるのだと。そう信じています。そして、まだ私たちは若輩ものですので、これからも皆様からのご指導、ご鞭撻を賜れれば幸いです」
総司がスピーチを終えて、彩乃と共に頭を下げた。
僕は何か…理解したような気がした。そうだ。もう会うことができなくても。それでも、友人で居続けるのかもしれない。
遠く離れた押しかけ友人を想い、そして、幕末で別れた新撰組の人々を想った。彼らは確かに自分の中に存在している。存在している限りは、友人なのだろう。
皆が彩乃と総司にお祝いの言葉をかけ、僕に挨拶をして去っていく。僕はそれを見ながら、さっきの総司の言葉を思い出していた。
いいスピーチだった。
まったく。




