第14章 それぞれの道(1)
曇り空のロンドン。足元の石畳と石造りの歴史を感じさせる建物立ち並ぶ町並みが、ここへ戻ってきたことを強く感じさせる。それと匂いだ。欧米人特有の体臭や洗剤の匂いが日本とは違う。
昨日までは雪が降っていたらしい。クリスマスイブの今日は、まさにホワイトクリスマスという感じで、周りの木々に雪が積もっている。
クリスマスの飾り付けが賑やかな繁華街は、わずかながら急ぎ足に買い物を終える人たちがいた。すでに閉めてしまった店も多い。早い店はイブから閉めるし、それ以外でも普段よりも早めに店じまいだ。イブからクリスマスにかけては家族で過ごす。
だから明日のクリスマス当日は、基本的に店は休みだ。それだけじゃない。バスや地下鉄も休み。タクシーすらもほとんど居なくなる。何か買っておくなら昨日のうちだったということだろう。まあ、クリスマスでもチャイナタウンなら、やっている店があるけどね。
成田から飛行機に乗ってヒースローまで12時間ちょっと。僕は夕暮れの地に降り立った。そこからエクスプレスでパディントン駅まで15分ぐらい。
ロンドンは地下鉄とバスが発達していて、ロンドン市内に入ってしまえば地下鉄やバスでの移動が便利だ。ああ。でも今日はイブだから休日運行なんだよな。それでも走っているものは走っている。そんなものを乗り継いで、僕は目的の場所に急ごうとして…なぜだろう。
本当になぜか分からないけれど、足が違う方向に向かっていく。
本来の目的地はレイラのロンドンの事務所だった。レイラは基本的にアメリカで動いていると思ったからロンドンに事務所を持っているなんて知らなかった。
あってもおかしくないんだけどね。ところが僕の足は、レイラの事務所じゃなくて、ふらふらと違うほうへ歩いていく。
そして行き着いたところは、ウェストミンスター寺院だった。
クリスマスイブはクリスマスサービスと呼ばれる礼拝がある。人気のスポットだから、非常に混むはずだ。
けれど今は静かだった。ちらりと入り口のところにあった掲示板を見れば、どうやら午後の礼拝はすでに終わり、次は深夜らしい。入り口は閉ざされ、教会の周りをわずかに歩いている人たちが見える程度だ。
僕はなぜここに来たのか、一瞬首をかしげてから、納得した。
アリスだ。
彼女が来てみたいと言っていた場所。毎年行われるこの教会のクリスマスキャロルに一度来たいと言っていた。
クリスマスにはすっかり弱っていた彼女を連れ出すことは容易ではなくて、結局叶わなかったけれど…。
まったく。僕は馬鹿だ。レイラを追いかけてきたのに、結局はアリスに振り回されている。いつまで経っても抜けない面影。
馬鹿げてる。人間なら下手したら2回は死んでるぐらいの月日が流れているというのに…。
くるりと踵を返そうとして、身体の向きを変えたところで、僕の目に鮮やかな金髪が飛び込んできた。長くて、ゆるいウェーブの入った、綺麗な金髪。後ろから見ても見間違えるはずがない。レイラだ。
きっと僕が来たことに気づいたら逃げてしまうから、慎重に背後に忍び寄る。そして…腕を掴んだ。
「レイラ」
びくりとレイラの身体が揺れる。
恐る恐る振り返る彼女の顔を見たとたんに、僕は持っていたボストンバックを足元に落として、彼女を腕の中に閉じ込めた。
「捕まえた」
「何で? どうして?」
「何でって? 君を捕まえに来た」
「だって…。迷惑だって」
思わずため息をつく。
「あの後、彩乃とトシに説教されたよ。皆に連れ戻してこいって言われた」
レイラの顔が曇る。
「じゃあ、皆に言われて来たのね?」
ああ。もう。違うのに。まいったな。
「違う。僕は僕の意思で君を捕まえに来た」
「なぜ?」
「君は…」
いとこだし…といいかけて口を閉じた。泣きそうなレイラの顔。こんな顔を見に来たわけじゃない。
僕の悪い癖が出ようとしていた。回りくどく言いくるめようとしている。僕はゆるゆると頭を振って、自分の中の逃げ出したい気持ちを押しとどめた。




