表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
513/639

第12章  それぞれの秘密・前編(2)

 総司がほぉっと息を吐いて、何かを言おうとしたときだ。がちゃっとドアが開いて、女の子が一人走りこんでくる。


「パパっ!」


 小学生ぐらいだろうか。小さな身体でぶつかるようにしてベッドまで走ると、近藤さんに手を伸ばした。


「パパッ。大丈夫っ?」


 近藤さんが混乱したような顔で、女の子の頭に手を置いた。


「ひかる?」


「うん! ひかるだよっ!」


 少し遅れて女性が入ってくる。病室内の僕らを見て軽く会釈した。


「あなた…」


 近藤さんを見るなり足早にベッドに近づく。


「みゆき…?」


 そこで近藤さんは自分の頭に手をやって、そして僕を見て、総司を見て、彩乃に視線を移した。問うような視線を僕に投げかけてくるけど、僕は肩をすくめるしかない。


「すみません。寝ぼけていたみたいで…」


 そう謝ってくる近藤さんに僕は微笑んでみせた。


「いいえ。寝ぼけていたわけじゃないですよ。近藤さん。今は…家族水入らずのほうがいいと思うからお暇しますけど…。そのうちにゆっくり話しましょう」


 僕はポケットの中に入っていた名刺を取り出して、前の住所の部分を消して今の住所を書き足す。


「牧師?」


「ええ。僕、牧師なんです。何か思い出したら…いいえ。迷ったら、どうぞいらしてください」


 僕はそう伝えて、総司と彩乃を目で促して病室から出ようとしたときだ。近藤さんが僕たちを呼び止める。


「あの…トシは…」


 その言葉に僕は胸が痛くなった。


「ちょっと彼は来られなくて…」


「そう…ですか」


 がっかりした顔の近藤さんを残して立ち去ろうとしてから、ふっと思い出して病室を出る寸前に、くるりと後ろを振り返る。


「彩乃は…ここではあなたとは初対面ですけど、僕の妹で、総司の恋人なんです」


 僕の言葉に近藤さんが一瞬驚いた顔をして、そして笑った。その視線が総司に移る。


「それは良かった」


「はい」


 総司が誇らしげに返事をして会釈をし、その横で彩乃が照れてペコリとお辞儀をした。ドアが閉まったところで、僕らの耳に近藤さんと奥さんの声が聞こえてくる。


「あなた…意識が戻って…良かった」


「ああ。心配かけてすまなかった」


「あの…あの人たちは?」


「ああ。バーの常連客で…私の古い古い友人だよ」


 その言葉に僕らは微笑みながら視線を交わし、病室から離れていった。



 日本家屋の我が家。古い家なのに、あの時代と比べ物にならないぐらい暖かいのは、あちこちに手を入れてあるからだろう。窓のところにはサッシが入っていて、きちんと閉まる。茶の間の床には床暖房が入っていて、個々人の部屋にもエアコンが完備だ。


 ガラガラと横スライドのガラス張りのドアを開ければ、テレビの音が耳に飛び込んでくる。


「ただいま~」


 僕らが口々に帰ってきたことを告げれば、レイラがエプロン姿で現れた。


「お帰りなさい。いいタイミングよ。マフィンを焼いたの」


 レイラはお菓子作りが趣味らしい。こんな風に一緒に住んでみるまで気づいてなかった彼女の特技だ。たまに暇なときに作ってくれるクッキーやパウンドケーキは、バターが効いていて絶品だった。今日のマフィンも楽しみだ。


 最近思うのは、こうやって『いってきます』『いってらっしゃい』『ただいま』『おかえりなさい』って言葉を交わすのはいいなぁって言うことだ。これは日本の文化のいいところだよね。うん。


 余談だけど英語ではそういう文化がないし、訳すと無理やりになる。文化は訳せない。そういうことだ。


 茶の間に入ればテレビがつけっぱなしで…誰もいなかった。僕はため息をついてテレビを消す。


「はぁ。まったくつけっぱなし」


 総司も苦笑いする。


「察して逃げたんですよ」


「だよね~」


 僕ももう笑うしかない。この家の中で、こんなことをするのは一人しかいない。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ