第11章 安目(5)
「この件では、僕は相当怒ってるんだよ。悪いけど。あなたの首なんてへし折ってもいいんじゃないかっていうぐらい。だから…黙って言うことを聞いてくれないかな」
そう言った瞬間、男の右手がすばやく動いて、ぱちりと枕元にあったナイトランプをつけた。そして男は僕の顔を見た瞬間に絶句する。
「アルバート・ドルフィルスの…」
僕は一瞬眉を顰めそうになって、ポーカーフェイスを貫く。アルバートは父さんの名前だ。父さんのことを知っているってことか?
「息子か? なぜ…20年も経つのに」
と思ったら、どうやら僕を知っているらしい。僕は記憶を探るけれど、相手の顔には覚えがない。20年前に出会った相手なんて忘れちゃうよね。
「お前は…何者だ?」
どうしようかな。別に何でもいいんだよね。怯えてくれれば。仕方ない。洋服が破れちゃうけど、ま、上は安物のシャツだからいいや。ジャケットは穴を開けたくないから脱いでおこう。
僕は拳銃を構えたまま、いそいそと上着を脱いだ。相手はその行動になんの意味があるのかと、探るような目つきで僕の動きを見ている。思わせぶりなことをして悪いね(笑)
「僕を知ってるんだ?」
「20年前に会っている」
「ふーん。どんなときに?」
「あの男が会社の設立の邪魔をするなと怒鳴り込みにきた」
なんだか僕と父さんは同じようなことをやっているなぁ…と考えて僕はうんざりした。自分から父さんと似ているだなんて、考えたくもない。うん。
「それで? そこに僕がいた?」
「その通りだ」
そう言えば、なんか父さんが会社を作るからっていうんで、あちこち使い走りをさせられたりして手伝った気がする。言っておくけど、父さんから頼まれただけだったら僕は動かない。そういうときは母さんが出てくるから…僕としても強く言えず…嫌々ながら手伝って、綺麗さっぱり忘れた。
僕がちょっとばかり昔を思い出していたら、続けて男が口を開く。
「会っているが…なぜ変わっていない」
僕は肩をすくめた。
「それは理由があるからだよ。僕は歳を取らない」
「どういうことだ」
「人間じゃないからね。あなたたちは、僕らの一族に成り行きでケンカを売ったわけだ」
男が嘲笑する。
「何を…そんな話、誰が信じるも」
ものか…と続く言葉は、僕の翼が開かれる音で途絶えた。演出の一種だと思って、目の色も変えておく。
「これでも信じない?」
男の口がパクパクと動き、僕の翼を指差す。がたんっ。ドアの音をさせて、三人ほど男が突っ込んできた。
「親父っ! 誰か侵入した奴がっ」
先頭の男がそう言って、僕を見て絶句した。
「なっ…」
やれやれ。想定外だね。僕は瞳に力を入れた。
「ここには誰もいない。君たちは誰も見ていない」
「はい…」
「出て行って」
「はい…」
3人が大人しく出て行ったところで、僕は最初の男、この集団のトップに向き直った。
「さて、どうする? あの土地を買い取るか、ここで死ぬか」
「か…買い取る」
「OK。約束を守らなかったら、次は本気で殺しに来るから」
僕は翼をしまいこんだ。瞳の色も元に戻す。
「な…ぜ…」
「僕はガタガタされるのが嫌だっただけ。今回は僕らの一族がかなり巻き込まれたんだよ。あなたたちの争いのせいでね」
部屋を出ようとして、一つ思い出して付け加える。
「言っておくけれど、僕らが何者か、僕らのことを詮索しないほうがいいよ。詮索しようとしたとたんに、今度は君たちの組が消えることになるから。綺麗さっぱりね。それだけは覚えておいて。よろしく」
僕はひらひらと後ろ手に手を振って、その場を去った。




