間章 会話
------------- レイラ視点 ----------
伸びをする。いつまで経っても見慣れない天井。この日本の家屋はエキゾチックで、異国情緒が一杯で、面白いけれど我が家という気持ちになれない。
窓の外を見れば、青い空が広がっていて今日もいい天気になりそうだった。ガラガラと横スライドの上から下まであるガラスの戸を開ければ、そのまま外に出られる面白い作り。外はいかにも日本ですという雰囲気の日本庭園。
耳を澄ますといろんな声が聞こえる。声というか、想いというか…。
右端の庭木が水を欲しがっているとか、草むらの影にいるコオロギが一生懸命お嫁さんを探しているとか。
感覚を開放してしまうと、煩くて仕方がないから、できるだけ閉じておくの。
あ、猫。塀の向こう。屋根の上からこっちを伺っている。動物や鳥はこの敷地内に入ってこない。これだけ一族がいるんですもの。そして虫たちには家の中は遠慮してもらっている。
おいで。そうイメージを伝えれば、猫がびくりとして尻尾をゆらし、耳を後ろに倒す。伝わってくるのはこちらを伺うような気配。
大丈夫。何もしないから。
おいで?
そう伝えるけれど、猫はじっとしている。見つめあう。
猫はオス。この庭があの猫の縄張りだったみたい。ある日、わたしたちが来て、縄張りが失われた。そんなイメージが飛んでくる。
おいで。大丈夫。ここはあなたの縄張りだから。誰もあなたをいじめないよ?
もう一度伝える。
猫は恐る恐る屋根から塀に飛び乗った。そしてまたこちらを見る。
伝えるのは言葉ではなくてイメージ。
わたしたちはあなたをいじめない。殺さない。大丈夫。
そんなイメージを言葉にならない言葉で伝えていく。
おいで。
愛情と共に伝える。
大丈夫。
命令をすれば簡単だけど、そんな風にして無理に来て欲しいわけじゃないから。あくまでゆっくりと意思を伝える。
猫がトンと塀の内側に下りた。まだ警戒している。
ほら。おいで。大丈夫だから。ここまで来て。縄張りを見て。
猫がそろそろと歩いてくる。
「レイラ~っ! マスターしらない?」
デイヴィットの遠慮の無い声に、猫が飛び上がって、そして塀を越えて逃げていく。
あ~あ。せっかく、少し警戒を解いてくれたのに。
私はため息を一つついて、デイヴィットに向かって声を張り上げた。
「知らないわっ!」
同時にそっと周りを探る。彼の居場所を草木にたずねる。彼はどこ?
草木が答えてくれる。見えるのは屋根の上に居る彼の姿。寝ちゃっているみたい。
わたしは教えてくれたものたちにお礼の気持ちを伝えて、デイヴィッドに教えてあげるかどうか、思案し始めた。




