第9章 近藤さん(7)
まったく一晩で色々大変だよ。ほんとに。20分近く待って救急車は来た。近藤さんはその間も目を覚まさなかった。大丈夫なんだろうか。呼吸はしているけれど、なんか心配になってくる。とはいえ、僕にできることなどない。
救急隊員が数名で近藤さんを担架に乗せて運び出していく。僕はバーの中を家捜しして扉の鍵を見つけて戸締りをし、シャッターを下ろした。それから土方さんが待つ車へと向かう。
「かっちゃんは?」
車に乗りこんだとたん、助手席からした土方さんの第一声に肩をすくめて返事をする。
「まだ意識が戻っていなかった。病院に搬送されたから、多分大丈夫。一体何があったの?」
土方さんが気まずそうに俯いた。
「油断した」
「どういうこと?」
「大勢で来やがって、後ろから殴られたところで意識が朦朧としちまった。そのまま訳が分からなくなって、あのザマだ。」
思わずため息をつく。人間に殴られたからと言って、そのまま意識が朦朧とするなんて、ほぼありえない。一撃なら耐えられるし、一瞬気を失ったとしてもすぐに回復するはずだ。僕のため息をどう受け取ったのか、土方さんがバッと頭を下げた。
「すまねぇ。おめぇを巻き込んで」
「いいよ。別に。今回は巻き込まれたってほどじゃないし」
「いや。まだきちんと謝ってなかったが、焼けちまった建物のことも…」
僕は気にするなという気持ちを込めて、ひらひらと片手を振ってみせる。
「どうせそろそろあの場所は離れないといけなかったし」
「ああ?」
「あそこに住んで十年近いからね。大学生とかそんな感じで入り込んで、周りから見たらそろそろ三十歳ぐらいなんだよ。僕」
土方さんは訳が分からないという顔をして僕を見た。
「だからさ。人間だと僕の年齢は、計算上で三十歳ぐらいなんだけど、せいぜいごまかせてあと五年かな。さすがに四十代には見えないしね。外見が」
人間から見たら、ほとんど年取らないからね…と僕は付け足した。
そう。彩乃が小さいころから住んで、彩乃の成長でごまかされているけれど、僕自身はほとんど年を取っていない。だからメガネをかけたりなんだりで、ちょっと年取って見えるようにしてきたけれど、同じ場所にとどまるのはそろそろ限界だった。
だからいい頃合で引っ越したともいえる。ま、ちょっとばかり寂しい気持ちはあるけどさ。
「それよりも土方さん」
そんなことよりも確認したいことがあって、土方さんの方へ向き直った。この確認が終わらないと、車のエンジンをかける気にもならないよ。
「最近、傷の治りが遅いってことない?」
「あ~。どうだろなぁ。意識したことねぇからわかんねぇな」
「えっと、身体が重い感じとか、動かしにくい感じは?」
土方さんがパタパタと自分の身体を両手で叩いた。
「それもわかんねぇな。まあ、今日はちょっと動きにくかったが、稽古が足りねぇんだろ」
思わず僕は顔をしかめた。
「僕らは稽古が足りないなんていうことはありえない」
「どういうことだ?」
「筋肉がちょっとやそっとじゃ落ちないってこと」
土方さんが眉を顰める。僕は口を開きかけて、また閉じた。これを言っていいものかどうか、非常に迷う。うーん。どうしよう。
「おい。なんだよ」
「何が?」
「さっきから何か言おうとしてんだろ」
「あ~。まぁね」
「言えよ」
土方さんから受けるまっすぐな視線。はぁ。仕方ない。僕は腹をくくった。
「土方さん。土方さんの寿命が近づいてる」
「あぁ?」
僕の余命告知に彼の目が見開かれた。街の喧騒がまるで遠くにあるように聞こえる静かな車の中で、土方さんが呻くように聞き返してくる。
「何…言ってやがる…」
「僕らの種族は…いや、正確に言えば、眷族は主に結び付けられる。主が死ねば、眷族は30年から50年ぐらいで後を追うことになる」
「死ぬってぇことか」
「そうだね。…土方さんの場合は、僕の父親の眷族で、父親が亡くなってから20年弱だ。聞いているよりもちょっと早いけど…個体差もあるみたいだから」
正直なところ時間を越えて連れてこられた、父の眷属である土方さんの時間計算はよく分からない。それでも土方さんの状態を見れば、そういうことなんだろうと思う。




