第9章 近藤さん(1)
「なんか酷でぇことになっていやがる」
土方さんが午後の光が差す茶の間に入ってきて、ちゃぶ台の前に座り込むなり口を開いた。
あの火事から数日後。僕らはホテルから出て、古い日本家屋に移り住んでいた。イギリス経由で教えてもらった物件で、なんでも父さんが入手して、一族の財産として管理していたらしい。
父さんがいつか住もうと思っていたのかな。生垣に木製の門。それを抜ければ右手に土蔵。左手には小ぶりの池まである日本庭園だ。正面には屋敷と言ってもいいくらいの木造の平屋が立っている。扉はすりガラスが入った引き戸で、上がり框の前に靴脱ぎ石がある。そこからは右手と正面に向かって廊下があり、途中から左手にも廊下が現れる。ちょど庭園分、左手が奥まっている形だ。廊下の正面は台所。右手にはいくつかの部屋があり、その先は裏手の道場と表側にある離れへと分岐して繋がっている。
なんで道場? 最初にこの家を見たときにそう思った僕の表情は読まれたらしい。デイヴィッドとジャックによれば、父さんはナイフバトルの達人だったんだって。きっと訓練場にするつもりだったんだろうと言われた。そんなの初耳だよ。二人は「血は争えない」と言って、僕を見て笑うから、思わず僕は憮然としていた。父さんと似ているって言われるのが、本当に嫌なんだよね。
それはともかく、家の説明を続けよう。玄関から左手に向かう廊下の先は茶の間がある。茶の間を通りすぎると、小さな部屋を2つほど挟んでから床の間がある部屋角部屋へとたどり着く。
廊下と庭はガラスが入った引き戸で仕切られていて、開ければ縁側になった。茶の間からは縁側を通して庭園が見えるようになっていて、庭に植えられた様々な植物と池が目を楽しませてくれる。今時珍しいぐらいの純和風な家だ。木の匂いとたたみの匂いが、自然の中にいるようんで不思議な感じを受ける。
こんな感じで、それなりに広かったので、とりあえず李亮のアパートも引き払い、ジャックとデイヴィッドも含め、母屋の一室をそれぞれが占拠した。当然と言うべきか、みんなで気を利かせたというべきか。総司と彩乃は離れだ。まあ同じ敷地内だし。結局、なんだかんだ言いながら、みんな茶の間にいる時間が長いから、あまり離れている感じはしない。
前に住んでいた場所とは彩乃の大学を挟んで反対側という感じで、彩乃が大学に通うには都合がいい場所だった。土方さんの…というか、例の近藤さんのバーに行くにも、前と同じぐらいの時間で行くことができるので都合が良い。
「ふどぃって、あんで?」
僕がちゃぶ台に肘を乗せつつ煎餅を齧りながら聞き返せば、土方さんがギロリと睨む。
「てめぇ、食べるか喋るか、どっちかにしやがれ」
「失礼」
あはは。確かにちょっとお行儀が悪かったね。僕がへらへらと笑えば、土方さんは大きなため息をついた。茶の間にあるレトロなちゃぶ台の周りには、李亮と僕、それに李亮のお母さんがいる。
僕は話をする前に、ちらりと李亮のお母さんを見た。その視線の意味を李亮が察して、おずおずと口を開く。
「母、日本語分からない。分かっても喋らない。大丈夫」
李亮のまじめな顔に、僕と土方さんは一瞬視線を交わしてから頷いた。
「嫌がらせが酷くなりやがった。夜昼お構いなしだ」
僕はまだ煎餅を齧ったまま、上目遣いで土方さんを見て、話を促す。
「昼間は店の前に汚物をぶちまけやがるし、畜生の死体を置きやがる。夜は次から次へと嫌がらせの奴がやってきやがる。おかげで開店休業状態だ」
「なんで?」
「抗争が悪化しているとしか思えねぇ」
なんだかなぁ。手元に残った煎餅をばりばりと噛み砕くと、飲み込んでから僕は口を開いた。
「レイラに状況を探らせる。それまで近藤さんは避難しておいたほうがいい」
「かっちゃんがウンとは言わねぇぞ」
「それを言わせるのが土方さんの腕でしょ」
土方さんは渋い顔をして頷いた。




