間章 ある日
-------- 土方視点 -----------
ガタンガタンと電車が揺れる。揺れに身を任せて座りつつ、周りをうかがう。ざわめき、お喋りをする女子供。居眠りをする野郎ども。どこへ行くのも電車にバスに、車だ。
扉が開く。扉を開けるのも、閉めるのも自動。階段も自動で上下に動く。高いところには自動で動く箱が運んでくれる。
情報も勝手に耳に入ってきやがる。遠い場所の出来事も映像と一緒に届く。何もする必要はねぇ。座ってパチリだ。
老人が乗ってくるが、誰も席を譲りやしねぇ。年長者を敬うっていう精神はどこへ行っちまったんだ? 分からなくもねぇけどな。下手に譲れば、そんなに年じゃねぇと嫌がられることもある。どうすっかな。とりあえず降りるふりをして席を空ければ、ほっとしたように老人が座った。
電車の中で化粧する奴。何かを食べている奴。この電車っていうのは、何なんだろうな。あれか? 籠の代わりか?
周りの奴らを眺めているうちに降りる駅につく。楽なもんだ。人の流れに逆らわないようにして、駅を出て、かっちゃんの店に向かった。
その間にもいろんな奴が通り過ぎる。
皆、隙がありすぎだろ? 荷物なんか持っていってくれってぐらいに危なかっかしい持ち方だ。財布が外から見えてるなんざ、ごまのはい(スリ)が居たら、すぐにやられそうだ。
その上、皆、人を気にせずぶつかりそうになる。実際にはあちこちで身体が接触してやがる。昔だったら鞘当てで、即座に斬り合いだな。俺は当たる前に避けるけどよ。
信号を待ち、道路を渡る。はっ。慣れたもんだぜ。こんなもん。
大通りから一歩入り、近道になるごみごみとした裏路地を抜けていけば、浅葱色の看板が見えてくる。ふと見れば、いつもは中にいて開店準備をしているはずのかっちゃんが、外でドアを水拭きしていた。
「どうした?」
かっちゃんは、真後ろに立った俺に漸く気づいたらしく、とたんに苦笑いが返ってくる。
「血がべったり。死骸も一緒に」
そう言ってホースの水を周りにまき散らかした。確かになんか臭う。血の臭いだ。宮月の野郎に言わせれば、俺の鼻は人間のそれよりも敏感になっちまったらしいから、普通だったら気付かねぇ程度だろう。
嫌がらせだな。こいつは。嫌がらせは、かなりの頻度で行われていた。ペンキやスプレーなんていうのはかわいいもんで、張り紙に、死骸、今回みたいな血。この前は汚物を撒き散らかされたな。まあ、外だったから良かったけどよ。
聞いたところに寄ると店の中にやられた例もあるらしい。そんなことになったら、しばらくは営業できねぇ。俺がいるときに来るんだったら何とかするが、さすがにいねぇときには無理だ。
「かっちゃん。店、移る気はねぇのか?」
俺の言葉に、かっちゃんの顔が曇る。水まきのためにやや前かがみだった背を伸ばして、振り返った。その顔の眉毛が情けなく下がっている。
「うーん。先立つもんが無いんだよ」
現代のかっちゃんは、まるで幕末のかっちゃんを思い起こさせるような、困った顔をして笑った。
金か…。なんとかしてやりてぇが。俺もこの時代じゃ、何もねぇしな。っていうか、かっちゃんから給金をもらってる身じゃ、どうしようもねぇよな。
二人して唸る。こういうときには、やりくり上手な奴がいてくれるといいんだけどな。
「トシ。とりあえず店を開けよう。そろそろ時間だ」
かっちゃんが大らかな笑顔を見せてドアを開けた。俺はそのドアを押さえる。
「かっちゃんの方が荷物を持ってんだから、先に入れよ」
俺に軽く頷いて、かっちゃんは足元にあったバケツとホースを持って店の中に入った。
血の匂いは大分薄くなっていた。地面が濡れている以外はいつも通りだ。多分。今晩も客がたくさん来てくれるといいな。俺はもう一度店の外を見て、おかしなところが無いか確認してから、かっちゃんに続いて店に入った。




