第6章 嫌がらせ(5)
「土方さん。なんでこんなことになってるの?」
狭い路地の中、倒れた人の妙なタワーの脇で腕を組んで、土方さんを見る。
「俺も知らねぇよ。もともとはあのバーに嫌がらせをする奴が来るから追っ払ってただけだ。それでかっちゃんから、仕事として来てくれって頼まれた。そのうちにこうやって増えていたってぇわけだ」
ふっと僕は思い出したことがあって、眉を顰めた。
「もしかして…土方さん、自分がどこに住んでいるか…教えた?」
「あ?」
とたんに土方さんの目が泳ぎだす。いや。ちょっと待ってよ。
「まさか…」
「いや、つい弾みでよ。来るなら来いって言ったけどよ。でも誰も来やしねぇだろ?」
僕はため息をついた。それでか。
「あのさ。現代だと電話っていうものがある」
「ああ?」
「ここのところ嫌がらせの電話が多いなぁと思ってたんだよ。原因はこれか」
「うっ」
「とりあえず戻る? 近藤さん、心配しているだろうし」
「お、おう」
カランコロンと音をさせてドアをあければ、近藤さんが僕らの様子を見て、ほっとしたような顔をした。
「トシ…良かった」
そう言って安心したように息を吐き出せば、土方さんがにやりと嗤った。
「かっちゃんは心配しすぎだ。こんなの屁でもねぇ。今夜は助っ人もいたしな」
土方さんが狭い店の中を通って奥の元の席に戻ろうとすれば、通りすがりに肩やら背中やらを叩かれて「お疲れ様~」と声がかかる。
「人気ものだね」
僕がこそっと言えば、土方さんは満更でもない表情で笑った。
「まあな。皆この店の常連だからな」
「なるほどね」
僕がちらりとカウンターの客に視線をやれば、カウンターの客たちは僕を見ていた。えっ? なんで? 一瞬たじろげば、そのうちの一人の女性がおずおずと口を開く。
「あの…前にトシさんを迎えに来た人ですよね?」
ん? 前? ああ。最初にこのバーに来たときか。
「ああ。はい。そうですよ」
僕の答えに女性は、ほっとしたように胸を撫でおろした。
「良かった。間違ってなかった」
「な、言ったとおりだろ?」
隣にいた男性が口を挟む。あれか。最初に来たときにいたカップルか。
「トシさんとどういう関係ですか?」
女性が興味津々という風情で聞いてくる。その隣の男性も身を乗り出した。
「トシさん、なかなか自分のこと、喋らないもんな」
その言葉に、店の他の客が頷いて、僕をじっと見つめてきた。僕は思わずちらりと土方さんを見れば、居心地悪そうに頭を掻きながら、そっぽを向いている。
あ~。まあ、どう答えていいかわからないよね。
「えっと、彼は僕の元上司。でもって…今は…友人でいいのかな?」
僕が確認すると土方さんが軽く睨んできた。
「友人ってぇよりは、仲間だろ」
まあ、そうかもね。うん。そっちの言葉のほうがいろんな意味でしっくり来るな。
「そうだね。ま、仲間っていうか、同志っていうか? そんな感じ?」
僕の言葉にさっきの女性がまた質問してくる。
「トシさんが元上司って、どんな仕事してたんですか?」
「あ~。えっと、自警団っていうか、警備員っていうか、なんかそんなの」
近藤さんが目を見開く。
「え? 前にトシが『組』って言っていたから、てっきりそっち関係の人かと」
そう言ったとたんに、『えっ』と客のほうが目を見開き、その反応に近藤さんがしまったという顔をした。




