第4章 お留守番(9)
そうそう。僕は久しぶりに松里殿に会った。前に僕がスリを捕まえて、彼の財布も無事に戻ったときに、一緒に飲んだ相手だ。
夕暮れの街中で声をかけられて、最近は知り合いが多少できたとは言え、誰だろうと思ったら松里殿だった。で、懲りずにまた飲もうって話になって、松里殿のなじみの店で飲んでいる。非番でよかったよ。
お酒はおいしいなぁと思うけど、残念なことに酔っ払わない。毒ですら殆ど分解する肝臓だからね。アルコール程度だったら、次から次へ分解してくれるわけだ。酔っ払っている人たちを見ると、とってもうらやましく思うよ。
ある程度、酒がすすんできたところで、松里殿が遠慮がちに尋ねてきた。
「ところで宮月殿は…どちらかに仕官されているようには見えないが…」
あはは~。そうだろうね。特に非番のときには着流しだし。刀を持ってないし。ついでに言えば、髪の毛が短いからマゲを結えなくて、坊主かと聞かれたことがあったし。坊主は坊主でも耶蘇(キリスト教)のほうだけどwww
「あ~、ふらふらしてる…みたいな?」
なんで壬生浪士組って言わなかったかっていうと、まだ良い話がないんだよね。このときの壬生浪士組って。ケンカしているだけの集団みたいに見られててさ。名乗るだけで商いをやってる人は嫌がる風潮があるし。
「そうですか。いや、そうではないかと思っておりました」
おいおい。それって、僕がプーに見えるってことじゃん(笑) 納得したように言わないでよ。ま、いっか。
「前にお話した身分なしの隊を作る話、覚えてます?」
「覚えてますよ」
「実は私、このたび、ある藩の士籍に加えられることになりまして…」
照れたように松里殿は頭をかいた。つまり就職が決まったよ~って奴だ。しかも藩に決まったってことは、国家公務員になれたよ~って感じだろうか? いや、国家公務員というよりは、地方公務員かな。
とにかくある程度は安泰な職についたってことだ。うん。
「それは凄いじゃないですか。まずは一献」
そう言って僕は酒を松里殿に勧める。松里殿も、いや~とか言いながら嬉しそうにお猪口を出してきた。
「これで夢がかないそうです」
「そうですか!」
僕はあえて藩名を聞かなかった。たくさんの藩があって、今ひとつ、どの藩が何県にあたるかわからないんだよね~。
ちなみに壬生浪士組は会津藩の預かりなんだけど、会津っていうのは今の福島県あたりっていうのが最近わかった。
いやいや。磐梯山って言われて、ピンとこなくてさ~。会津磐梯山って現代でも聞いたことあるよな~とか思いながら、みんなの話を聞いていたら、そういえばって感じで思い出したんだよ。ここでは藩を言われてわかるのが普通だからね。ボロを出さないようにしなくちゃ。
「名字帯刀も許されまして」
「それは。それは。おめでとうございます」
僕がきっちり頭を下げると、同じようにして松里殿も頭を下げてきた。
正直、名字あるじゃん? 松里って名字じゃないの? とか、すでに刀持ってるじゃん? とか、突っ込みどころ満載なんだけど、堂々と許可が出たってことかな~とか思って、お祝いを言っておく。
「それで名前を変えようと思いまして」
あ~、この時代の人って本当に名前を変えるの、好きだよね。名前に対するこだわりがないのか、こだわりがありすぎて、名前を変えるのか。
「これからは長州藩士、吉田稔麿と名乗ります」
…。
思わず僕はお猪口を落としそうになった。ちょっと待って、今、何を聞いた? いやいや。僕は何も聞いてないよ? うん。空耳だ。空耳。




