第5章 やきもち(6)
総司がきょろきょろと回りを見回した。
「俊は…牧師という仕事は…儲かるものなんですか?」
「儲からない」
「え?」
「僕がこの仕事を始めたのは、先代の牧師…僕らを孫だと認識していた老牧師が腰を痛めて、立つのが辛くなってきたから後を継いだんだ」
そう言えば…僕から総司にこの話をするのは初めてだったかな。彩乃が話してそうな気もするけど…。
「僕は…僕の両親が亡くなった後、赤ん坊の彩乃を抱えて本当にどうしようもなくてさ。たまたま出会ったここの牧師が娘を亡くしているっていうことを知って、暗示にかけて孫だと信じ込ませて、ここにもぐりこんだんだよ」
「はあ」
「両親が亡くなったとたんに、日本にあった家も財産も、借金の形に全部取られちゃったし。眷属が主に結び付けられているなんて話も知らなかったから、散り散りになったと思っていたし。イギリスに屋敷が残っているなんて思ってなかったし。一族のネットワークも知らなかった。本当に孤立無援って思ってたんだよね」
総司がまじまじと僕の顔を見る。
「えっと…俊の家族というか…一族の話ですよね?」
僕は苦笑いした。
「うん。僕自身、なんていうか…彩乃が生まれるまでは、あまり家に寄り付かなかったんだよ。まあ、父さんがちょっと特殊っていうか、そりが合わないっていうか、そういうのもあったし」
思わず手元の緑茶に視線を落とす。
「…ずっと長い間、誰かと関わるのが嫌いで。あちこち日銭を稼いでは放浪するようなことをしていたし」
「ご両親は…なぜ…」
「事故だよ」
「事故?」
「うん。彩乃が生まれて、半年ぐらい経ったころだったかな。どこへ行くんだったか、父さんの運転で移動していて。僕は無理やり呼び出されたんだ。護衛…みたいな感じかな。よく覚えていないけど。とにかく来いって言われた」
僕は思い出しながら、ゆっくりと喋った。
「山道で、反対車線から猛スピードでトラックが突っ込んできた。よけ切れなくて。僕はとっさに彩乃を抱きかかえた。そこへ母さんが骨を変形させて檻を作った」
「それは…」
総司の戸惑うような視線が僕を見る。
「僕らの母さんは、身体を変形させる能力を持っていたんだよ。とっさに骨を伸ばして、なんだろう…傘みたいな形にして、彩乃を守ったんだ。まあ、僕が彩乃を抱えていたから、一緒に守られた。そしてその上に、父さんが覆いかぶさってきた」
僕はため息をついた。
「車はトラックと正面衝突。そのまま運転席と助手席は潰れた。僕らは母さんと父さんに守られて、そして…火がついた車内から僕は二人を見殺しにして、彩乃だけをつれて逃げた」
緑茶は冷めて苦くなっている。それを無理やり飲み干して、僕は総司を見る。
「もの凄い勢いで火が来たんだよ。父さんの身体は半分以上潰れていて、火もついていた。苦しそうな息で『彩乃を頼む』って言われたよ。母さんは最初の衝撃のときに、もうぐじゃぐじゃになっていて、灰になるところだった」
「灰…」
「うん。僕らは死体を残さない。死ぬときには灰になるんだよ」
手の中で冷たくなった茶碗を見下ろしながら、僕は続けた。
「車内から窓を蹴破って、彩乃を抱えて出て振り返ったら、物凄い火がトラックと僕らが乗っていた車とを包み込んだ。人間が来ると面倒なことになると思って、僕はその場から逃げたんだ。そして自宅に戻って数日したら、今度は借金取り。いつの間にか、家も会社も抵当に入っていたらしくて追い出された」
リビングが静かになる。
「後から考えるとさ、多分…誰かに…はめられたんだと思う」
茶碗を置いて、僕は大きくため息をついた。
「あの時に、もうちょっと色々ちゃんとしていればね。親の敵ぐらい取れたかもしれないな~なんて思うよ」
「俊」
「僕は…いい加減だったからね。ずっと。…長い間」




